音楽映画あるあるなオーディション
「タレンタイム」の序盤は楽しい音楽の時間です。なかでもオーディションシーンは爆笑のひと言。下手くそな奴や奇抜なことをして失笑を買う奴が出てくるのは、まさに音楽映画あるあるです。
「次! はい次!」と落選させていく審査員のアディバ先生(アディバ・ヌール)がいい味出してます。マレーシアの国民的シンガーなのですが、その強烈なキャラクターゆえ、マツコ・デラックスにしか見えないんですよ。
出典:公式Facebook
とはいえ、途中の緊張や陰鬱な感情を緩和させるのに、とても重要な役割を果たしてくれます。ヤスミン・アフマドは本当に役者さんの使い方が巧い。
オーディションではムルー、ハフィズ、カーホウの3人が受かり、決勝に出場することとなります。
カーホウは中国系らしく二胡のソロなのですが、ムルーはピアノの弾き語り、ハフィズに至っては、てっきりマレーシア調の音楽を弾くと思いきや、ギターを片手に飛び出してきたのは初期ジャクソン・ブラウンの『ドクター・マイ・アイズ』をアコースティックバージョンにしたような軽快なロック。しかも英語詞です。
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アディバ先生も曲の感想を言うときにジョニー・キャッシュやニーナ・シモンを引き合いに出します。
これがなぜ英語かと言うと、もともとマレーシアのラジオが流すのは香港やアメリカなどからの輸入音楽が9割以上で、マレーシアの音楽があまり流れなかったからなんですね。
ハフィズの演奏シーンでは途中からMV的演出になるんですけど、この作り方がなかなかベタでいいんですよ。このベタ感は、ヤスミン・アフマドは元々CM作成を生業にしていたからで、短いシーンに要素を詰め込むのが良い意味で小慣れているからでしょう。
このちょっとMV的な要素は、映画のスパイスに、そしてラストの演出に、大きく貢献します。
ピート・テオとドビュッシーの音楽について
音楽が本当にいい映画です。音楽映画だから当たり前だろと言われればそれまでなのですが、音楽がダメな音楽映画、たくさんありますからね。
本作、ほぼすべての音楽を担当したのはピート・テオ。
ピート・テオ(左)出典:IMDb
あまり知られていないというか私も知らなかったんですけど、いい曲を作る作る。アベレージが本当に高いと思います。新しい、ネクストレベルな作品を制作するというよりは、ミュージシャンズ・ミュージシャン的な職人気質を感じますね。
この人、本当に気になっていろいろ調べちゃったんで、近いうちに街クリで1本コラム書きます。インターネットがこれだけ発達した世の中で、日本での知名度が低いのは大きな損失ですよ、本当に。
さきほど「ほぼすべての音楽」と書きましたが、彼が提供した曲以外で特に印象的に使われているのがドビュッシーの『月の光』。
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劇中で何度もかかります。そのうち、一回は実際に演奏しているシーンです。
ガムランに影響を受けるなど、当時の西洋音楽の概念からかけ離れ、タブーを超えた楽曲を制作していたドビュッシーの姿は、異なる宗教、文化、何より言語を超えて近づいていくマハシュとムルーに重なります。
そして、『月の光』を作曲するきっかけとなったヴェルレーヌの「月の光」で描かれた楽しいことや悲しいこと、という相反するものが同居する世界は、そのまま「タレンタイム」を貫く重要なテーマです。何より『月の光』を劇中で実際に弾くのは、ムルーでも誰でもなく、中国系でムスリムのメイリンです。