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「メッセージ」宙に浮く巨大なばかうけ内での異文化コミュニケーション

加藤広大 加藤広大


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サピア・ウォーフの仮説と、変化するルイーズの思考

さて、ヘプタポッドが扱う言語の話が出てきました。言語といえば、本作の重要な要素に「サピア・ウォーフの仮説」があります。

私の専門領域ではないのでかなり雑な要約になりますが、サピア・ウォーフの仮説とは、「使う言葉が違えば、考え方や世界の捉え方、感じ方は違うんだよ」という仮説です。

で、ルイーズはだんだんとヘプタポッドたちの使う言葉を明らかにしていくわけなのですが、サピア・ウォーフの仮説のとおり、彼女の考え方、世界の捉え方、感じ方は少しずつ変化していくんですね。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/M/MV5BNDk0ODE3ZmItYTg5MS00YzI4LThhMmQtNGRjM2E1NjQ2Y2FmXkEyXkFqcGdeQXVyNjUwNzk3NDc@._V1_.jpg出典:IMDb

具体的には、できごとをある順序で経験した時に因果関係として知覚する認識様式である「逐次的認識様式」から、できごとを同時に経験し、その根源にある目的を知覚する「同時的認識様式」ができるようになります。前者は人類で、後者がヘプタポッドの捉え方ですね。

ちょっと小難しい話になってしまって恐縮ですが、厳密に分からなくとも、映画ではルイーズを通して「同時的認識様式」に近い感覚を疑似体験することができるような、あっと驚く仕掛けが用意されています。

物語も終わりに近づく頃、観客は散りばめられた記号が一体何だったのか、ルイーズがヘプタポッドの言語を「理解した」瞬間のように、いろいろなことが「分かり」ます。頭のなかで映画が物凄いスピードで循環し、ときに時制を伴わずに数々の場面がフラッシュバックします。

そして、再びマックス・リヒターの『On the Nature of Daylight』が流されるなか、私たちはすべてを理解することとなるのです。この体験は、ちょっと凄いですよ。

映画で流されたもうひとつの、時制のない言語

私はバイリンガルではありませんし、高卒かつ理系科目は軒並み赤点だったことから、サピア・ウォーフ仮説や学術的な用語について実体験や詳細を述べることはかないませんが、音楽に対してなら少しだけ分かります。

そして、「メッセージ」に関して特筆すべき点をひとつ挙げろと言われたら、私は迷わず「音楽」と即答します。

この映画、言語を持った音楽が一切流れないんですよ。人間が発している「声」が入った「Heptapod B」でも、言葉は一切使われていません。これが凄い。

Reference:YouTube

ときに、ジャズミュージシャン/文筆家の菊地成孔さんが、以前ラジオでこんな口上を述べられていました。

「音楽は普通、過去に制作されて現在聴く。なので、誰もが時間の流れに一方向に考えたがる。しかし、あらゆる音楽の響きの中には、未来から循環的に逆行して届くメッセージが含まれている。

端的に、初めて聴いた曲であれば、それが千年前の曲であろうと、その音楽が未来から少しずつ流れてくるし、何百回、何千回聴いた曲でも未来からの時間の流れは必ず含有されている」
「菊地成孔の粋な夜電波」2014年8月29日放送分より

私、この口上が大好きで、ずっと「うんうん、そうだな、なんとなく分かるな」と思っていたんですけど、映画を観終えるその瞬間、この話が一瞬フラッシュバックして、今まで人生で聴いて来た音楽の断片がブワァーっと浮かんだんですね。ルイーズの体験と似たような感覚を、音を通じて体験してしまったんです。

この衝撃はもう映画が終わった後でも椅子から動けないほどで、最悪なことに言葉にできないんですが、「もう、音楽こそが、人類の創り出した時制のない表義文字なのでは」と心が震えました。なんなら隣のスクリーンが4DXだったので、時折こちらの椅子も震えていました。なんとかしてくれT◯H◯シネマズ 六本木ヒルズ。

自分だけに通用する話で本当に申し訳ないんですけれども、ひとりの人間にこれだけ強烈な体験をお見舞いしてくれたサウンド・トラック担当のヨハン・ヨハンソンは、今回最高の仕事をしたと思いますね。「ブレードランナー 2049」でもドゥニ・ヴィルヌーヴとタッグを組んでいるので、楽しみと期待が何倍にも膨らみました。

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/M/MV5BMTYzMzI3NDE0OF5BMl5BanBnXkFtZTgwOTIwNjIxOTE@._V1_.jpgヨハン・ヨハンソン(出典:IMDb

もちろん、サウンド・トラックだけではありません。シルヴァン・ベルマールらサウンドチームが創り出したヘプタポッドが動く音、発声する音、宇宙船から発せられる音、その静かで力強く、ときに恐ろしささえ感じる数々の音は、もちろん「無音」も含めて映画館の大音量で聴くべき音です。アカデミー賞の音響編集賞受賞は伊達じゃありません。

ほかにも、物語の始点と終点をつなぐ『On the Nature of Daylight』のタイトルは、ローマの哲学者/詩人であるルクレティウスがエピクロスの宇宙論を詩にして著した『事物の本性について(On the Nature of Things)』から取られています。これ、ここまで狙って、この1曲のみを選曲をしていたとしたらとてつもないセンスだと思います。

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