あらすじ1
海辺の小さな町の理髪店に、予約をした〈僕〉がやってきます。使われなくなった民家を改装したらしく古びた外観で花のない庭に赤錆びたブランコが置き忘れられていましたが、大きな鏡がある店内は思いのほか整えられていました。
「場所はすぐわかりましたか」「どちらからお越しになられたのですか」といった会話から、〈僕〉は「床屋で髪を切るのは何年ぶりだろう」と考えています。熱い蒸しタオルから微かにトニックの香りがします。
ふだんの美容院ではない田舎の床屋までどうして来たのか詮索する店主でしたが、すぐに、何かの転機に髪を切るのは女性だけでなく男も同じだと言い直します。
髪型を注文するのが苦手で、いつもは少し切り戻すだけの〈僕〉は、評判の理髪店なので、お任せすることにしました。とたんに店主の目尻に皺が浮かぶのでした。
店主は、〈僕〉の利き目を右だと確かめて「分け目も右にいたしましょう」と言い、利き目と視線が合えば「表情もいきいきして見えますので」と理由を話します。
店主は、〈僕〉にどんな仕事をしているのか尋ねました。〈僕〉は、グラフィックデザイナーで、本や雑誌のデザインをしているのです。
任された店主は、入念に髪質や頭の輪郭を確かめました。ふと手が止まります。〈僕〉の旋毛(つむじ)は妙な位置にあるのです。
店主はいくつか提案したものの、〈僕〉が反論する前に髪に鋏(はさみ)を入れるのでした。というのも、たいていは自分に似合わない髪型を希望するからだそうです。
大きな鏡には、海が映っています。〈僕〉が海を見ることで姿勢がまっすぐになり、店主が髪を切りやすくなるという寸法です。
そこには、「秋の午後の水色の空と、深い藍色の海。二つの青が鏡を半分に分けている」のでした。
散髪に行きましょう!
髪を切りたくなりました・・・。
ほんとうに散髪されているような描写です。床屋で熱々のタオルで「うわぁー!」となりながら、すっきりさっぱりしゃっきりしたいものです。できれば毎日・・・。
というのも店主の
――完璧主義! それも「腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が店に通いつめていたという数々の逸話」があるような人物です。いったいどんな修行してきたかとても気になります。
もちろん小説ですから虚構――〈嘘〉なのですけれど、現実にそって作者がきちんと調べているので、安心して読めます。
こうしたことをきちんと表現しているのは、
街角のクリエイティブの『田中泰延のエンタメ新党』が第一でしょう。
別に誉めていません。事実です。
それにしても、利き目と髪の分け目の話を、理容所の小説で聞くとは・・・。
考えれば接客業なので、つきつめて考えれば思いつくのですが、田舎の散髪屋がそうしたことを理解しているのは、なぜでしょうか?
若いころの店主は、絵描きになりたかったのだそうです。理容も一応「アート」ですから、そうした勉強をしたのでしょう。利き目の話は、別の機会にしましょう。