Twitterの使いかたのヒントは、バーにあるのではないだろうか

加藤広大 加藤広大


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恵比寿の某バーで酒を飲んでいたときに、ふと気が付いた。

「ここは、リアルTwitterだ」と。

私はついに自分の頭がSNS脳というやつになってしまったのか、もう猫動画を見て「うふふ、猫、うふふ」としか言えないほど細胞が破壊されたのかと不安になりながら、周りに意識を集中させた。

リアルTwitter疑惑を確かめるためである。

音楽の話をしている人がいた。楽しそうにフジロックの話をしている途中で、「最近のアーティストはわかんねえんだよなあ」と知らないおっさんに絡まれていた。面倒くさそうである。

映画の話をしている人もいた。大きな声で「ラ・ラ・ランド」の批判をしている途中で、横にいた女性2人組が「ラ・ラ・ランド超良かったぁー、もう感動しちゃってぇ」と話はじめた。目の前のバーテンダーは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。面倒くさそうである。

「これ、Twitterで見たことあるやつだ」

まさかと思い、店内でTwitterを開きタイムラインを確認してみたところ、バーと同じ状況がネットの世界で繰り広げられていた。みんなそれぞれ呟いたり、会話したり、喧嘩したり、煽り煽られしている。

店内に視線を戻すと、眼前にある世界でも、面白いことばかり言う人、恨み節ばかり言う人、ずっと同じことをRTしている人、人が言ったことにいちいち的外れな引用RTをしてくる人、@がついてるのにこっちを向いていない人たちが居た。

もちろん、似てると言っても違いはある。バーで絡み散らす面倒くさいおっさんはブロックしても消えない。騒いでいる団体客をミュートすることはできない。できたらいいなと思う時はあるが、そりゃ無理だ。

決定的な違いは、バーなら殴り合い刺し合いの喧嘩になるようなやり取りが、Twitter上では日常的に行われている点である。しかも言い合ってる当人たち、言ってる本人は(たぶん)素面である。

そして得物が言葉なものだから、直接精神に効く。

これは本当だ。

たとえば、

「呪」

という言葉は、見た瞬間に嫌な気持ちになる。

ところが、

「ひよこ」

どうだろう、なんだか優しさに包まれたような気持ちになる。

「かに」

食べたくなる。

「ねこ」

飼いたくなる。

「明け方のロイヤルホスト目黒店」

行きたくなる。

このように、言葉の力はとても強い。

流れるタイムラインを見て、ちょっと怖くなった。飲みすぎると二日酔いになるように、Twitterに通いすぎると精神の二日酔いになってしまうのではないか。しかも指先ひとつで入店できるがゆえに、気づかないうちに中毒になってしまうのではないか。

これを現代の病理とか言うつもりは毛頭ないし、そんなことを言う人とはバーで仲良くなりたくない。

ただちょっと、みんなもう少しだけ飲み方を綺麗にすれば、もっといい店になるんじゃないのかな、Twitterって。とふと思ったのだ。

そして、綺麗な飲み方を身につける方法は、そのままバーにあると思う。

バーには基本的にルールはない。もちろん金を払わなかったり、喧嘩をしたり、店員と揉めれば警察がやってくる。が、そんなものはバーのルールではなく、人間社会のルールである。

そのかわり、モラルや立ち居振る舞いが求められる。バーではお金をいくら持っていようが、容姿端麗だろうが、迷惑をかける面倒くさい客には最終的に出禁と書かれたお札が額に貼られてしまうのだ。

なにも聖者でいる必要はなく、他の人に迷惑かけないようにしましょうね。みんな同じ場所にいるのだから、いろいろと寛容になりましょうね。という当たり前の話である。

同じ店に居る全員が少しでもそのことを意識しているときの、店員も客も一体となったグルーヴは本当に素晴らしい音楽のようなもので、一見も常連も関係ない、誰もが楽しめる幸せな時間だ。

これは品行方正になりましょうねと言っているわけでもない。正しい言葉を使いましょうねと言っているわけでもない。仲良くやりましょうなんて言いたくもない。

別に言葉遣いなんて汚くていいし、どんな意見や言葉であろうと守られるべきものだ。街の喫煙所で灰皿以外に吸い殻を捨てる奴が多すぎて喫煙所が撤去されてしまうように、気をつけるべきは、それが許容されなくなるまでの過程だ。

簡単なことだ。でも、簡単なことほど難しい。当たり前ポエムである。うっかり忘れてしまい、気付かぬうちに迷惑をかけていることだってたくさんある。私にも思い当たる節がビールケース半ダース分くらいはある。辛い。

みんな、たかが飲み屋の話でいちいち細かいことにイラついていないか。人のミスや不幸をあざ笑うようになっていないか。人が失敗するのを待ち構えていないか。自分と意見が違うというだけで目の敵にしていないか。憧れの人に移入し過ぎていないか。過去の罪状で人を判断していないか。自分の話だけをしていないか。興味もないのに聞いてるフリをしていないか。呪詛を撒き散らしていないか。固執し過ぎていないか。大きな声で誰かの話を遮っていないか。卑屈になっていないか。不必要に誰かに見つけられたいと叫んでいないか。気に入らない奴を文字で殺したくなる衝動にかられていないか。火事を見物しに弁当持って出かけていないか。

何より、自分だけがその店に居ると思っていないか。

とにかく、みんなもっと緩く、楽しく、それこそアルコールが身体に馴染みはじめたときのように、全身が弛緩するような心持ちで「まあまあいいじゃない」と思えることができたなら、難しいことをしなくとも、世界が面白くなるんじゃないのかなあと、酔っ払いながらこれを書きつつ、思ったのであった。

ひよこ。

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