昔のインターネットあるある「お色気画像検索」編

加藤広大 加藤広大


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竹藪や、道端からインターネットへ

その昔、エロ本は竹藪や公園、通学路の途中で拾うものだった。

先日、飲み屋でそんな話になったとき、一緒だった若者に

「ええ? マジっすか? それ汚くないんすか?」

と言われた。仰る通り汚い。ジェネレーションギャップである。確かに最近は道端に落ちているエロ本なんて、とんと見かけなくなった。そういえば、竹藪から1億円が出たという話も聞かない。

道端に打ち捨てられ、雨風に曝されて、独特の青みを帯びつつ、カッピカピになったエロ本は、いつから見なくなったのだろう。

雨上がりの竹藪、秘密基地の近くで見つけた、土に塗れて濡れネズミになっていたエロ本は、いつから見なくなったのだろう。

エロビデオもそうだ。トタンに囲まれたエロ自動販売機は、一体どこへ行ってしまったのだろう。

俺たちは、いつから大人になってしまったのだろう。

思わずチェッカーズを口ずさんでしまったが、まあこれはインターネットが発達したからでしょう。今じゃ高画質で、手軽に、お色気画像や動画を観覧することができる。

しかし、今思えばインターネットでのお色気画像検索も、昔は非常に面倒くさかった。

西暦2000年頃のインターネット

私がはじめてインターネットに触れたのは2000年あたりで、高校生の頃だった。あの日に帰りたい。

思わず松任谷由実の曲名が口をついて出てしまったが、私がはじめて購入したPCのOSは、かの悪名高き『Windows Me』だった。一体なんだったんだあれは。

当時はまだTwitterもFacebookも、YouTubeだって、mixiだって生まれていない。とても牧歌的な時代である。

1999年には「2ちゃんねる」が開設され、ヤフオクがはじまり、翌年にはライブドアがインターネット接続サービスを開始し、2001年には先行者やヒットマン事件簿でお馴染み、テキストサイト「侍魂」が爆発的なブームを巻き起こした。と書くと、ピンとくる方も多いのではないだろうか。

懐かしいと同時に、そんなに長くネットをやっていたのかと、どれだけ時間を無駄にしたのかと、思わず後悔しそうになるが、涙を流してばかりでもいられない。

その頃のインターネットはまだまだ「やってる人はやってる」と言った感じで、今とはまったく違う空気感が醸成されていたと思う。

つまり、ネットの中と現実世界の隔たりが明確だった。今ではほぼ一緒、というよりは現実がネットに近づいている気がしないでもない。

HTMLは手打ち、右から流れてきたり点滅したりするテキスト、キリ番、レンタル素材、CGI。私もサイトを作ったことがあるが、検索してみたところ跡形もなく消えていた。本当に良かったと思う。

さらに、ちょうどファイル共有ソフトや、もせ3、尻、割れ、など、アンダーグラウンド(笑)なツールや何やらが、わらわらと蠢いていた頃でもある。

ちなみに、ファイル共有ソフトやMP3関連の話は、音楽のみならず、世界が無料化していく経緯を、史実なのにネタバレを一切許さないという恐るべき構成力と取材力で書き出した『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』(スティーヴン・ウィット著/関美和訳/早川書房)に詳しく書かれている。

物凄い本なので、ぜひ皆さん読んで欲しい。

 

一筋縄ではいかなかった、お色気画像検索

今では検索窓に打ち込めば、すぐに出てくるお色気画像や動画も、今よりはるかに手間がかかった。分割ファイルだったり、偽装されていたり、あまりに怪しすぎるサイトのためクリックするのを躊躇したりした。

そして目的のURLを見つけたとしても、ダウンロードするのがまた長い長い。

どれくらい長いのかというと、回線の問題にもよるが、1枚のjpegを表示するのに、数十秒から数分かかることもあるくらいだった。
http://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2017/03/SnapCrab_NoName_2017-3-13_12-37-38_No-00.png

AAは勢いで入れた。後悔はしていない。徐々に画面に映し出されるお色気画像、今か今かと待ち構え、お色気画像ではなくグロ画像が出てきた瞬間、怒りに震えつつもプチ絶望を感じたものである。

アイコラもそうだ。アイコラとは「首すげ替え写真」のことである。いわゆる職人と呼ばれるマイスターの手により施された素晴らしい加工もあれば、単純に切った張ったの素人仕事も多かった。何度も騙されたものだ。

途中で読み込みが停止することも日常茶飯事だった。これがまた鎖骨のあたりで停まったりするものだからやるせない。

最近では、サイトの表示が2秒遅いだけで直帰率が50%増加するらしい。コーヒーを淹れて一服してPCにの前に戻ってきても、まだ表示されていなかった時代から考えると、とんでもないことである。皆もっと余裕を持ったほうがいいんじゃないだろうか。高速化し過ぎるのも考えものである。

おれたちは、お色気画像を探すことで、インターネットの歩き方を知った。

思えば、このような環境を若いうちに体験したおかげで、人生における我慢強さを体得できた。粘り強く目的の物を探すという根気強さも身に付いた気がする。

そして、我慢の他にも学んだことがある。

クリックする前にリンク先のURLや拡張子を確認する、少しでも怪しいファイルはダウンロードしない、知らないアドレスから届いたメールの添付ファイルを開くなどもってのほか、などなど。

質問する前にまず自分で調べる。用意する。書いているだけで懐かしくて涙が出そうな「極窓」や「iria」解凍ソフトやダウンロード支援ソフトなども自前で調達、使い方が分からなければ、これまた自分で調べ、どうしても分からなかった時だけ、人に聞く。お礼は3行以上。

何より、質問する前に調べることを繰り返したことは大きかった。おかげで検索技術と仕事で使えないPCでスキルは向上し、今では騙しリンクは一発で看破できる能力が身につき、どれだけ大量に広告やボタンがあっても、間違わずに正解をクリックできる自信がある。

このようにして、私のみならず、世の多くの男性がエロの力により、検索技術をはじめとしたPCスキルを身に着けたことだろう。

そう、エロを原動力にした男たちは、お色気画像や動画をネットの海から探し、失敗したり、成功したりするうちに、少しずつインターネットの歩き方を覚えたのだ。

なんだかカッコいいことを書いているような気がするが、これ、全部エロのためである。

昔は良かったとは言えないけれども

お色気画像を探し求めてネットの大海原を航海し、道なき道を歩んでいた2000年頃には、未開の地が多かった。それこそ、道端や竹藪に落ちているエロ本を探すようなものだったのだと思う。

ここ十数年で、ネットは開墾され、街並みが整備され、空き地がショッピングモールになり、海は埋め立てられ、空には飛行機が飛び、秘密の場所は観光地化して、多くの人が訪れるようになった。

それが悪いとは言わない。とんでもなく便利になったし、明日から昔ながらのインターネットに戻れと言われても困る。

だけど、時折、歩いてきた道を振り返ってみると、昔は個人店が立ち並んでいた商店街の跡地に、AmazonやWikipediaという看板が大きく見えるのが、ちょっとだけ寂しいのだ。

ぬるぽ。

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