新社会人に早めに伝えておきたい社会のルール

加藤広大 加藤広大


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世の中は、理不尽なルールでいっぱいだ

先日、「社会人 ルール」と検索したところ、社会(人)にはさまざまなルールが存在することがわかった。頻出していたものを以下にざっと並べてみる。

  • 遅刻をしない
  • 挨拶は元気よく
  • 報告・連絡・相談をこまめにする
  • 訪問するときは約束してから

・・・なるほど。それ、社会人以前に人間として当たり前のことである。

今春から社会人になる方も多いと思うが、研修時に「遅刻をしてはいけません。挨拶は元気よくしましょう!」などと諭されたら、馬鹿にされているのかと憤激し、バカでかい複合機をスト2のボーナスステージの如く破壊してしまうのでは、と他人事ながら心配になる。

そして、粉々になった複合機の横で「You-Win」的に拳を突き上げた新入社員は、「複合機をボーナスステージの道具として使用してはいけない」というルールは会社には存在しないにも関わらず、何らかの罰則が課せられてしまうだろう。

さて、上記の例からさっそく「複合機をボーナスステージの道具として使用してはいけない。というルールはこの世に存在しないにも関わらず、昇竜拳すると何らかの罰則が課せられる暗黙のルールが存在する」ことがわかった。

世の中は、こんな理不尽なルールでいっぱいだ。そんなわけで本コラムでは、「新社会人に早めに伝えておきたい社会のルール」を少々考えてみた。社会に出る際の心構えとして欲しい。

ちなみに、偉そうに書いているが、これは偉そうに書かないと現実が辛く、書いている最中にセルフ身につまされて落涙してしまいそうだからだ。察して欲しい。

できますは禁句、できませんも禁句

できもしないことを「できます!」と元気よく言ってしまってはいけない。なぜならば、できますと言ったことができなかった場合、どえらいことになるからである。

「できます」と言って履行できなかった場合、「できるって言ったじゃねえかよ」「できるっていうのは嘘だったのかよ」「じゃあなんでできるって言ったんだよ」「やる気あんのかよ」と詰められてしまう。新入社員の頃は、思わず「すみません!」と謝罪してしまうことだろう。これが火に油を注ぐ。「すみませんじゃねえんだよ、できるって言ったよな?」以下ループである。

かたや「できません」も禁句である。「なんでできねぇんだよ」と言われるだけだからだ。そこで「じゃあできます!」と返すのはもっと禁句である。「できねぇって言ったじゃねえかよ」「できねぇっていうのは嘘だったのかよ」「じゃあなんでできねぇって言ったんだよ」「やる気あんのかよ」と詰められてしまう。そして以下ループである。

どう答えても最終的には詰められるからくりになっている。無事に「できた」としても、相手は「できていない箇所」を探して詰めてくる。こういう輩は本当に多い。結果に関わらず、優位に立ちたい、とりあえず何か文句言いたいだけマンなのである。

だから、できますは禁句であり、できませんも禁句なのだ。では、どうすればよいのか? それは俺も知りたい。 

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知り合いの知り合いは他人

当たり前である。が、社会に出ると、知り合いの知り合いを友人どころか親類縁者ほどに親しい間柄だと思っている人が出現する。学生時代でも居るとは思うが、社会に出るともっと居る。

全方向から聞こえてくる「おれ、あいつと知り合いだぜ」「仲いいんだぜ」という声。「それ、別に先輩が凄いわけじゃないっすよね?」と言ってはいけない。相手が不機嫌になるだけで何の得もない。相槌を打ちながら徐々に間合いを取りつつ、脱出を図るのが賢い戦略だ。

しかし、そんな「おれ知ってるぜワールド」のなかで日々を過ごしていると、つい自分も知り合いの知り合いは他人のような気がしてくるもので、赤の他人である知り合いの知り合いが10年来の友人のように思えてきたり、知り合いの知り合いの知り合いなのになんだか他人のような気がせず、もしかしたら知り合いの知り合いは一周回って自分ではないのかと思ってしまったり、そもそも自分とは一体なんなのかと鏡の前で考えているうちに一日が終わったりしてしまう。こうなると、もうほとんど病気である。

知り合いの知り合いは他人。肝に銘じておくべきである。

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「ここだけの話」は信じるな

「ここだけの話なんだけどさ」「お前にだけは言うけど」など、場所と相手を限定した打ち明け話は信じてはいけない。マラソン大会で「一緒に走ろうね」と誘ってくる奴くらい信じてはいけない。大体皆に言っている。

未だ3分の1の純情な感情を抱いている新社会人の場合、つい「俺にだけ打ち明けてくれるなんて、厳しいけど案外良い人なんだなあ」と感動すらしてしまいそうになるかもしれないが、信じてはいけない。「今度飲みましょう」と毎回言ってくる奴くらい信じてはいけない。大体皆に同じことを言っている。騙されないようにして欲しい。

騙されたと思うと、妙に相手のことがムカついてくるものだが、「そんなこと言って・・・皆にもおんなじこと言ってるんでしょう!」と若干メンヘラくさい台詞を吐いてもいけない。

社会人とは、参加している社会の中で、自身の役割を担い生きる人のことである。見え透いた打ち明け話をされたときのあなたの役割は、「打ち明けてくれてありがとうございます」と感謝したフリをしておくことである。

また、社会に出ると場末の居酒屋やバーなどで、やれ事業をはじめるだの、何億引っ張っただの、景気の良い話をしているオッサンに出会うことがあるが、あの与太話も大概なので、話半分に聞くことをおすすめする。

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ここ一番の仮病は使うべき

人生は常に選択を迫られる。たとえば、どうしてもお付き合いしたい異性とデートの約束をする場合、仮病を使って行くか、仕事だからと諦めるかでは、その後の人生に大いに違いが生じる。もしかしたら、仮病を使ったお陰で結婚、なんていうこともあるかもしれない。

もし、諦めてデートをしなかった場合、あなたの頭のなかでは生涯ずっと「あの時ああすればもっと今より幸福だったのか」という某ギタリストの問いかけが駆け巡るはずだ。そして、それはいずれ「会社のせい、仕事のせい」になる。自分が決められたはずなのに、何かのせいにしてしまう人生は、できるなら過ごしたくない。

なので、自分の人生を左右する予定が入った場合には、積極的に仮病を使うべきなのだ。

そもそも、仮病については誰も「良い」とは言わないが、本当は皆、たまに休むくらいならば別に良いと思っているのではないだろうか。俺がいなくても会社は回る。社会はもっと回る。人類なくとも地球は回るくらいの心持ちで、日々業務に励みたい。

仮病を毛嫌いし、烈火のごとく怒る人もいるが、批判をするならば、人生で一度も仮病を使ったことのない者のみが石を投げるべきである。

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長いものに巻かれてはいけない

「長いものには巻かれろ」と昔から言う。力のある者には従った方が良いというたとえである。

力のある者につけば、仕事はやりやすくなるし、便宜も図ってもらえるだろう。おこぼれにもあずかれるかもしれない。確かに一理ある。俺も長いものに巻かれるのは大好きだし、巻かれたままぬくぬくと人生を過ごしていきたい。

が、長いものが失脚した際のダメージは、その長さに比例する。なので、長すぎるものに巻かれるのも考えものである。巻かれる相手は慎重に選定したい。

かと言って、短すぎれば旨味がないし、中くらいでは何とも言えない。そもそも長さを測る物差しも、新入社員のときはよくわからないし、よしんば測れたとしても、「◯◯先輩は短い、◯◯さんは中くらいかな」とぶつぶつ言っていたら、これはもう完全におかしい人である。あらぬ疑いをかけられてしまう可能性すらある。

巻かれるならば、権力を持っている人間よりは、実力を持っている人間の方が良いだろう。

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丁寧な言葉遣いではなく、適切な言葉選びをする

ビジネスマナーや社会人のルールで巷間指摘されているのが「言葉遣い」である。WEBで検索すればその手の話は大量に見つかるし、本もたくさん出版されている。

だが、本当にその言葉遣いで大丈夫なのだろうか? 事実、マナーに則った言葉遣いをしていても、キレる人はキレる。何を言っているかわからないと思うが、とにかく、どんなに綺麗な、丁寧な言葉づかいをしても、キレるんである。もう凄いキレる。いったい何なんだあれは。

その人は、「俺が思う正しい言葉遣い」をして欲しいのだ。ので、社会人に要求されるのは、言葉遣いのルールではなく、本当は言葉選びのルールだったりするのである。

これは会話だけでなく、メールの文面でも一緒である。ビジネスマナーとやらに則った文章を作成したとしても、キレる人はキレる。とにかくキレる。何に怒っているのかわからないくらいキレる。いったい何なんだあれは。

ちなみに、糞丁寧に話さなくとも、「◯◯がぁー、◯◯でぇー、◯◯だとぉー、やっぱり◯◯なんですよねぇ!」と、最後が敬語になっていれば意外と大丈夫だったりする。何事もやり過ぎはよくないし、マニュアル通りにはいかないのである。臨機応変に対応していきたい。

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ざっとではあるが、思いつくままに述べてみた。社会のルールはかくも面倒くさい。新社会人の方々は、これからいろんな理不尽に出会うと思う。しかし、案外どうにかなるものだし、どうにもならないものはどうにもならない。肩の力を抜いて、気楽に社会という名の荒野をサヴァイブしていって欲しい。

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