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ビリギャル【連載】田中泰延のエンタメ新党

田中泰延 田中泰延


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脚色とはなにか。

映画「ビリギャル 学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」

 
広告代理店でテレビCMのプランナーやコピーライターをしている僕が、映画や音楽、本などのエンタテインメントを紹介する田中泰延のエンタメ新党。
 
とうとう連載9回目です。ひじょうに中途半端です。キリのいい第10回の1回手前です。キリのいい数字といえば、みなさん、西暦1600年は何があった年だったか知ってますか? 日本史のテストで絶対出たと思います。そうです。西暦1600年は「関ヶ原の戦い」です。では、その前の1599年は? 正解は「関ヶ原の戦い 前夜祭」です。では、1601年は? 言うまでもなく「関ヶ原の戦い 1周年記念式典」です。
 

受験といえばそんなしょうもない話と、教科書に載ってる歴史上の偉人の肖像画にどういう落書きをするかに命を懸けていた思い出しかない僕は、30年後にしっかり報いを受けてビリ社員になりましたが、今回観た映画の主人公は違います。
 

「かならず自腹で払い、いいたいことを言う」をこの連載のルールにしています。どちらかというと、観てから読んだ方が話のタネになるコラムです。それにしても「ネタバレしすぎ」とよく言われてしまうコラムなのですが、今回はだいじょうぶです。安心してください。なぜならタイトルがもう“学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話”です。なんの隠しごともないストーリーです。
 
そんな、ややこしいところがどこにもない、今回観た映画は、「ビリギャル 学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話」。まさか僕がこの映画を観に行くとは思いもしませんでしたけど、編集部が観てこいというので行ったわけです。

とにかく、予告篇の最初の5秒を見てください。

Reference:YouTube

僕は、最初の5秒を200回は見ました。この先の人生でこの映像を繰り返し見る時間が残っていると思うだけで幸せです。
 

とにかく、主演の有村架純ちゃんがかわいい。

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/main_large.jpg?1427100665
出典:映画.com

 

とにかく、主演の有村架純ちゃんがかわいい。

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub08_large.jpg?1427100667
出典:映画.com

 

とにかく、主演の有村架純ちゃんがかわいい。

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub03_large.jpg?1427100666
出典:映画.com

すみません。もうこれで映画評が終わってしまいそうです。僕、有村架純ちゃんのためなら死ねると思うんですよ。こんなの書く時間があったらさっきの予告篇を繰り返し見たいです。
 

とにかく、有村架純ちゃんのかわいさに負うところが大きいので、もし藤山直美さんが主演だったらずいぶん印象が違う映画になっていたと思いますね。


https://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/05/image2.jpg
出典:ステージナタリー

藤山直美さんめっちゃ好きなんですけどね。かわいいんですけどね。まぁ印象は違う映画になってただろうなと。
 

それにしてもこの映画を観てSNSなどに「感動しました! 泣きました!」と書き込む人の多いこと。なぜ人はこんなに身体から液体を出したことを吹聴するのでしょうか。そういう人は「小便しました!」とかも言いそうです。
 

ここだけの話、僕、この映画で2回ぐらいウルッときてしまったんですよね。でも、なんで泣いたのか思い出せないんですよ。そもそも、僕がいままでの人生で一番泣いた映画は、「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」ですからね。もう最初から最後まで号泣ですよ。どうやら、かわいい女の子が一生懸命なのを見ると泣くようです。たぶん、かわいい女の子が2時間腕立て伏せしてるだけの映画でも泣くでしょう。あと、映画が終わった時点で小便にも行きました。
 

どんな話かは言うまでもないところがすごいんですが言います。主人公のさやかは、高校2年生。中高大の一貫教育のエスカレーター式の学校なので、入学以来5年間勉強をしたことなく、髪を染め、夜な夜な仲間達と遊ぶいわゆる「ギャル」です。学校での成績はビリ。先生にも「クズ」と呼ばれています。

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub02_large.jpg?1427100666
出典:映画.com

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub07_large.jpg?1427100666
出典:映画.com

そんなさやかが、停学中に母に勧められて訪れた進学塾の坪田先生と出会い、「なんとなく」慶應義塾大学に合格したいと思い立ったところから物語は動いていきます。
 

坪田先生を演じるのは、もう何を演じてもこの人にしかならないと思うんですけど、伊藤淳史。

http://news.walkerplus.com/article/45534/243162_615.jpg
出典:ニュースウォーカー

 

母親役には吉田羊。


https://www.machikado-creative.jp/wordpress/wp-content/uploads/2020/05/yoshidayou3.jpg
出典:吉田羊オフィシャルサイト

 

父親には、田中哲司。


http://dongyu.co.jp/wp-content/uploads/2016/10/tetsushitanaka.jpg
出典:鈍牛クラブ

僕、この人見るたびに腹が立つんですよ! あの仲間由紀恵の夫ですよ! 世の中にそんなことがあっていいと思いますか! 家に帰ると仲間由紀恵がいるんですよ! 僕、若いころ仲間由紀恵が好きすぎてCMの撮影の合間にツーショットの記念写真を撮ってもらおうとしたら、代理店がクライアントより先に記念写真ってお前なに考えてる! って叱られたんですよ! それぐらい好きなんですよ仲間由紀恵が! なので田中哲司が出てる作品観るたびに「ひどい目に遭う役でありますように」って願うんですけど、今回、わりとひどいお父さんの役で安心しました。最後までひどくはないんですけどね。
 

余談ですが、主人公は母親を「ああちゃん」と呼び、父親を「くそじじい」と呼びます。慶應大学に入るよりもうちょっと人間として大事なことがあるような気もしますが、まあいいだろう。

 

さて、この映画、楽しめるようにできています。ただ、誰もが知ってることですが、この映画は劇中に出てくる「坪田先生」本人が書いた本が原作です。大ベストセラーです。なんと書籍売上100万部を突破しました。実在の「さやかちゃん」「ああちゃん」「坪田先生」「慶應大学」をめぐるノンフィクションで、「感動の実話」と表紙にも書いてあります。

https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51aUuch%2BNqL.jpg
出典:Amazon

ですから、映画を観にくるお客さんも、「これは実話なんだ」と思うことが肝要なのであって、まったくのフィクションだったら、頭の悪い子が慶應に受かった作り話をされても面白くないですよね。希少価値の高い「実話」だから、みんな知りたいのです。
 

映画は映画、ひとつの独立したエンタテインメントですからここでは映画の感想を述べたいと思います。んが、んが、ちょっとだけ話が原作本とこっちをいったりきたりするのをお許しください。映画における「感動した! 泣けた!」について考えるために重要だからです。
 

この原作本に対しては、「面白い」「感動した」という意見以外にも毀誉褒貶がいろいろあるのです。

まず、表紙の女の子が「さやか」さん本人ではない。これはモデルさんです。でも、誰もが「こんな不良みたいな子が慶應に!?」と手に取った。そして買った。これは「認知的不協和」を利用した商法だろ

 

「偏差値を40上げて」という言い方がおかしい。そもそも「さやか」さんが通っていた高校は進学校で、そこでの偏差値30は、受験生全体の偏差値30とは意味が違う。この子はもともと学力があったんだろ

 

なぜ慶應大学を目指すかも理由が不明だし、大学は入ってから学ぶ所であって、入ってからどうするかまったく考えていないだろ

 

慶應大学に合格するための、学力向上のためのノウハウが書かれてる本かと思って買ったら、そんなことはどこにも書いていないじゃないか

 

「坪田先生」なる人が自分で書いているわけだが、自分の宣伝ではないか。そもそも坪田先生は自らの学歴などを「人間をラベリングで判断して欲しくないから」と公表していないが、生徒を慶應大学に入学させることこそ「ラベリング」の最たるものではないのか

 

などなどです。売れているものにはいろいろ批判が集まるものですね。僕は今回、映画の話をするわけですから、これらの原作本に対する批判は、まぁどうでもいいと思っています。それどころか、映画版はこれらの批判ポイントを巧みに回避した脚色と演出で「感動」「泣ける」まで持っていっているのですね。
 

そのあたりを順を追って述べたいと思います。
 

① まず、「さやか」さん本人ではない、ということですが、こちとら映画なんですからかわいい女の子が主演で何が悪い。この映画は、かなりの割合で有村架純ちゃんのアップでできていると思って間違いないです。架純ちゃんが笑ったら観客も笑い、架純ちゃんが泣いたら観客も泣くのです。
 
② もともと進学校でサボってただけで、頭はいいんだろ? という問題に関しては劇中で安田顕演じる担任が坪田先生にこういいます。
 

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub05_large.jpg?1427100666
出典:映画.com

 
「慶應の合格圏の偏差値70は上位2%。工藤の偏差値20は下位2%。このクラスが合格するには67万人を追い越さなきゃならない」…つまり、進学校うんぬんではなく、日本の大学受験生全体の中でビリ2%に含まれている、と改変されているのです。原作本に対する批判を巧みに否定しています。とはいえ、ほんとにそこまで学力がなかったら、ちょっと実現性薄いですけどね。なお、この担任の先生は徹底的に悪人に描かれています。無理があるくらいです。生徒を「クズ人間」呼ばわりしすぎなんですけど、最後に観客に爽快感を与える仕掛けを見せてくれます。実は、ここも原作本から改変されてる大きなポイントなんですが。
 
③ 大学は目標じゃないだろ、という意見はもっともです。主人公さやかも志望動機に関して「慶應なら、アイドルもいるし、慶應ボーイってなんかカッコいいし!」って根拠不明ですし。しかし、受験勉強という題材は、ほぼ全ての人が経験する事なので、中高にせよ、大学にせよ、目標はひとそれぞれですが、ほとんどの人が共感できる、一度は参加したゲームなのです。それに、合格したその先のことを考えて受験する余裕のある人なんてほとんどいません。そして、この映画は、チャレンジすることの感動と成功(結果知ってるし)が主題ですが、その過程で家族が再生されていく物語に換骨奪胎されているのです。原作本のいいところもわりとそこなんですけどね。親との軋轢も、ほとんどの人が通る道です。感情移入しやすいズルいつくりといえる。
 

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub09_large.jpg?1427100667
出典:映画.com

 

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub04_large.jpg?1427100666
出典:映画.com

 

さやかが学力の壁にぶちあたって泣きながら「ああちゃん」の元へ向うシーンは、雨です。傘がありません。ずぶぬれです。ウェットな演出という言葉がありますがほんとうにウェットです。こんなベタな演出を21世紀に見るとは夢にも思いませんでしたけど、有村架純ちゃんはかわいいわ、吉田羊さんの演技はいいわで泣かされてしまいます。あ、思い出したわ。ここで泣いたわ。しかも、さやかの塾の費用を捻出するために母親が選んだアルバイトは物流センターで重い荷物を運ぶ肉体労働です。おい、やりすぎやろ。僕、原作本読んでこの配送センターは佐川か? クロネコか? と探しましたけど、そんなことどこにも書いてませんでした。これを脚色というのですね。
あと、慶應大学に関しての描写は、観ればわかるのですが、とにかく「いいところ 憧れて当然のところ」としてロケ撮影されています。これも理屈を破壊する映画の得意なところ。
 
④ この映画には、「ではどうやって合格したのか?」というテクニックはまったく描かれていません。基本、精神論です。それよりも頭の悪い「さやか」の珍回答エピソードが続く前半は、『佐賀のがばいばあちゃん』のような面白小ネタ集みたいなもので、原作本も映画も、そこが一番楽しいつくりになっています。
 

http://img.eiga.k-img.com/images/movie/81381/gallery/sub01_large.jpg?1427100665
出典:映画.com

 

そして後半では、精神論、根性論を後押しするように感動的な挿入歌に乗せて、徹夜して勉強するさやかの姿、学費を稼ぐために荷物を上げ下ろしする母、自動車修理工場の仕事をがんばる父、徹夜する坪田先生(なんで徹夜してるのかは分からないのですが)などのカットが積み重ねられます。映像+音楽表現の得意とするところです。理屈じゃないのです。
 
⑤ 「坪田先生」いい人すぎんじゃね? という原作本への批判は、とにかく伊藤淳史の完全無欠のいい人演技で、有無を言わせぬ力技で押し切っています。さらに、「やればできる子なんです」という別の生徒の母に、「やればできると言わないでください。やってできなかったら余計に自信を失いますから」と言わせたり、さやかの担任の先生に「あんたは金儲けの塾講師だろ」と言わせたり、指導したもう一人の生徒は名古屋大学に落ちたり、巧みに聖人ではないというエクスキューズを入れてます。しかも、進学塾の経営者ではなく、やとわれ講師に改変されています。この映画、うまいというか、ズルいですね。
 

映画とは、広げるだけ広げた風呂敷を2時間以内にきれいにたたむ芸を見せるマッチポンプです。ですから限られた時間で、「この人はいいもん、この人はわるもん」と提示しなければなりません。そういう意味で坪田先生役にはこの設定、この俳優さんしかなかったですね。

 

さあ、映画はクライマックスにさしかかります。慶應大学の合格通知は来るのか!? 来ないのか!? 来るのか!? 来ないのか!?
 

…ここでハラハラした自分は世界で一番頭が悪い人間だと言うことに誰もが気付かされる名シーンです。合格するに決まってるやろ。題名に書いてあるやろ。なんでハラハラしないといけないんや。でも、これが映画の力なんですね。ブルース・ウィリスが悪人をやっつける映画で、ブルース・ウィリスが絶体絶命!! って死ぬわけないのにハラハラしますからね。
 

細かい突っ込みどころはいろいろあります。原作本から引きずってる構造的な問題でもあるんですけどね。

母親の学校に対する方針がめちゃくちゃすぎる。「塾でがんばってるから学校の授業中は寝かせてあげてくれ」とかモンスターペアレントと言われてもしかたないレベル。

 

父親の描き方が悪い人すぎる。2時間の映画のなかで最後は関係修復しましたと言われても無理なレベル。しかも父親がいい人であることを示すエピソードのはめ込み方が漫画レベル。

 

弟の描き方が中途半端。主人公と対比させるならもうちょっとしっかり描けそうなもの。

 

登場人物が自分の気持ちを説明し過ぎ。そこを映像で分からせるのが映画じゃないのか。芸達者の俳優陣のなかで、皮肉にも一番若い有村架純が最も表情で演技できている。あとは、あがた森魚ぐらい。

 
とはいえ、盛り上がりのある演出と、映画全体を通した明るさが、これらの些細な欠点をどうでもよくするパワーを発しています。
 

この映画の主題歌のミュージッククリップをご覧ください。ここに、だいたいこの映画のよさが凝縮されてますから。サンボマスター、いいですよね!
 

サンボマスター「可能性」〜映画「ビリギャル」バージョン〜

「意思あるところに道は開ける」これがこの映画から発せられているポジティブなメッセージです。映画のキャッチコピー通り、「この奇跡は、あなたにも起こる」と観客に思わせてくれます。
 

しかし、最後までなんで慶應なのか、と思っていましたが、慶應義塾を作った福沢諭吉の『学問のすゝめ』の精神に多少なりとも関係あるような気がするようなしないような。
 

「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らずといえり」
「されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、 富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、そのありさま雲と泥の相違あるに似たるは何ぞや。その次第はなはだあきらかなり」
「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによってできるものなり」
 

「天は人の上に人を造らず」は、人間平等だよ、とは言ってないんですね。馬鹿で貧乏なのは勉強してないからだよ、とはっきり言っているのです。この至極真っ当な「ビルドゥングスロマン」(教養小説、成長物語)としての構造がこの映画の屋台骨になってますから、そこにはそんなにチャチャを入れられないのです。そりゃ努力しないよりしたほうがいいやろ、と、誰もが前向きになれるのです。映画の中でさやかは、福沢諭吉は何をした人かと聞かれて「焼肉屋!」と元気に答えていましたが。
 

ひとつだけ言えることは、映画を観て、パンフレットを買って、原作本を買って、僕の財布から福沢諭吉がいなくなったということです。でもカバンの中で諭吉の顔が有村架純の顔に変わってなにが困るでしょう。
 

そんなこんなで、来週もかわいい女の子が出ている映画を観に行くのなら仕方がない、諭吉にまた働いてもらうことにしましょう。

映画「ビリギャル」公式サイト

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