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理想が高すぎる女【連載】さえりの”きっと彼らはこんな事情”

さえり さえり


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けれどリンコは言う。「理想なんてないよ? 普通の人がいいの、普通の人」と。
普通。これほど罪な響きがいまだかつてあっただろうか。普通を追い求めて死んでいった女たちが過去にどれだけいるのか、リンコはまだ知らない。手に入りそうで、決して手に入らないもの。それが、普通、だ。

 

考えてほしい。日当たりがそこそこ良くて、水回りがそこそこきれいで、駅から5分程度で、築10年未満で、収納がそこそこあって、風通しがそこそこ良くて、間取りが使いやすくて、気になるところがひとつもない物件を、未だかつて見たことがあるだろうか。ない。ないのだ。だいたい、間取りが使いづらそうだったり水回りが古かったり収納が小さかったりして、どこか少し「うーん」と思うポイントがある。思い描く「普通」とは、じつは「(自分にとって)欠点がない」の状態なのだということをリンコはまだしらない。

 

もちろん、リンコもリンコなりに考えてはいる。

耳たぶなんかで文句いっちゃいけなかったかな、じゃあ次会った人が耳たぶが大きくても我慢しようとか。でも、最近会った男が上着を脱ぎ、滑り台さながらのなで肩を見た途端、わかったのだ。「あたし、耳たぶよりなで肩が我慢できない」って。

 

中2のとき、好きになった男の子の肩にかけた荷物が、ずるりずるりと定期的にすり落ちる様子をみていたら、「時報か」と思った。恋心がずるっと落ちるのを感じた。それ以来なで肩は無理だと決めていたのだ。我慢できるものと我慢できないものがある。なで肩は我慢できないものだ。理想が高いんじゃない。

 

結局リンコは、そう決めて彼とのデートを早々に切り上げて帰ってきてしまった。

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