©かっぴー・nifuni/集英社
すべての表現は手紙のように
漫画『左ききのエレン』
永遠の浪人生
その人がよく口にする言葉が、その人に足りないものだ。「お金」の話をよくする人はお金が足りておらず、「才能」の話をよくする人は才能が足りてない。
2016年は、人生が滅茶苦茶になった年だった。24年間も働いた会社を、辞めた。会社員を続けること以外に、なにかの才能が自分にはあると思えないし、遊んで暮らせるようなお金もない。
だが、どうにもいろんな理由が絡まりあって、とうとう辞めてしまったのだ。人から辞めたわけを訊かれるたびに、絡まりあった理由のひとつふたつをポツンと話すので、尋ねた人の数だけの理由を自分で発見してしまう。自分を知ることは難しい。
その男、かっぴーとは2016年の春、神楽坂のガストで初めて会った。その席では、夏生さえりさんにも初めて会ったので、ほとんど印象がない。しいて言えば、いや、しいられなくても言うが、かっぴーこと伊藤大輔は、冴えない浪人生のような雰囲気だった。
私はそのころ、彼がネット上で発表していた漫画に注目していた。『SNSポリスのSNS入門』は、今時の若者、ネットで発信する人、それを読む人の生態がいちいち鋭い目線で描かれたギャグ漫画で、私はその観察眼の鋭さに衝撃を受け、ある大学の広報漫画を頼んでみたくなったのだ。
出典:Amazon
話してみると実際は、美術大学を卒業して大手広告代理店で何年も勤務した俊英で、目的意識を持って会社を辞めたことがよくわかる、はっきりとものを言うのが印象的な若者だった。
そして私は、彼と夏生さえりさんと京都へ向かい、共に仕事をした。そのとき彼は「今描いている漫画に必死で、まったく眠ってないんですよ」と言い、仕事の後の食事でも床に転がって眠り始めた。
どんな漫画だろうか。あの絵のタッチからは、 きっとまたギャグ漫画に違いない、と私は決めつけていた。
だが、食事もせず酒も飲まず床で眠っていた彼が、突然起き上がり考え事を始めた時、私は思わずシャッターを切った。浪人生かと思っていた男が、まるで昭和の文豪のように見えたからである。