いやなことしか起こらない
出典:IMDb
そういえば、この映画、敵であるドイツ兵も姿を見せません。遠巻きに包囲しているからでもあるのですが。徹底的に存在を消した演出がされています。
出典:IMDb
急降下爆撃に、魚雷に、遠距離狙撃。現代においては、白兵戦、近接戦というものはほぼありません。見えないところから、しかし確実な殺意がやってくる。これが怖い。
出典:IMDb
船で逃げるとそれをドイツ軍の爆撃機やUボートとかが沈めにかかってきて、同じ人が何回も船を沈められて陸に戻ってまた沖へ出て船を沈められて陸に戻って、ってホラーのような、もはやコントのような恐ろしさ。
出典:IMDb
水責めもいい加減にしてほしい映画です。観てると息苦しい。
とにかく、いやなことしか起こらない。観客は心底、自分はここにはいたくない、うんざりと思えるようになっています。
出典:IMDb
敵が見えないというのは大きな要素ですね。攻撃はどこまでもおそろしいだけの災厄であり、戦う方向も逃げる意義もわからない。
出典:映画.com
これ、実はノーラン監督が今作の参考にしたという、上のほうで話が出てきた「エイリアン」の第1作目の作劇手法ですね。
パンフレットで、ノーラン監督が今作に影響を与えた映画をあげています。なるほどという感じですね。
「グリード」(’24)エリッヒ・フォン・シュトロハイム
「サンライズ」(’28)F・W・ムルナウ
「西部戦線異状なし」(’30)ルイス・マイルストン
「海外特派員」(’40)アルフレッド・ヒッチコック
「恐怖の報酬」(’53)アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
「アルジェの戦い」(’66)ジッロ・ポンテコルボ
「ライアンの娘」(’70)デビッド・リーン
「エイリアン」(’79)リドリー・スコット
「炎のランナー」(’81)ヒュー・ハドソン
「スピード」(’94)ヤン・デ・ボン
「アンストッパブル」(2010)トニー・スコット
書き割りの戦場
ではこの映画、ダンケルクの救出作戦を壮大な規模で描ききった超大作か? というとぜんぜんそうではない。
Wikipediaをみてみましょう。
ダンケルクでのイギリスの損害は
戦死 約10,000
捕虜 約30,000
駆逐艦 6
小型船 200
航空機 177
この映画で映る損害は、
戦死 50人ぐらい
捕虜 1人(まさかのトム・ハーディ)
駆逐艦 1
病院船 1
小型船(民間船) 無傷
航空機 3
です。
なんというしょぼさなのか。
局地的で、個人的な兵士の経験を描き切るにしては海岸全体を写すし、そこはちょっと変な映画なんです。
同じダンケルクの撤退を描いた映画として、2007年、ジョー・ライト監督、キーラ・ナイトレイ主演の映画「つぐない」があります。
出典:映画.com
Reference:YouTube
イアン・マキューアンの小説『
この映画に出てくるダンケルクの海岸、もちろんCGを多用しているわけですけど、街並み、40万人が追い詰められて逃げようとしている様、これこそダンケルク、ダイナモ作戦時の姿なんですね。
出典:YouTube
しかしノーラン監督はCGを避け、実写にこだわり、あえてスカスカのダンケルクの海岸を見せた。
出典:IMDb
全然違うやろ。のどかか。
これは、
●実写にこだわりCGを使わない
●個人的な兵士の視点に集中する
ってこともあるでしょうが、
まるで書き割りの一枚絵の海岸みたいなものの前で舞台劇、もしくは生死のあわいを描こうとしたミニマリスムじゃないのかな? とさえ思えてきます。まるで能かと思いました。クリストファー・能ラン・・・字を大きくするほどじゃなかったですね。すみません。
作る時間と見る時間
出典:映画.com
出典:シネマトゥディ
出典:Amazon
「メメント」「インセプション」「インターステラー」、どの映画も、時間の速度と密度が違う時空を描き、「そこから戻ってくる」ことがテーマで、これは今回の「ダンケルク」でもまったく同じです。
そしてそれは結局、何年もかけて作った映画を、観客は「数時間で観てしまうこと」の不思議、「時間の速度と密度が違う時空がスクリーンを挟んで存在する」・・・これを実際に創るノーランは、ここのところを入れ子構造にするのが快感で、観る私たちにとっても快感なんです。