そんな想いを抱えながらノリコが家に帰ると、ヒモ男が家に来ていた。
「おかえりー、遅いよ腹減ったよー」と抱きついてくる。
「あー、わかった。すぐ作るよ」といってエプロンを巻きつけると、台所に置いてある豆苗がまた芽を出そうとしているのが目にはいる。
20代のあれはなんだったんだ。何度もなんどもそのセリフが頭にループする。
・・・そして数日後、「狂犬連発ピストル」のベースにこう語っていたのだ、あのスクランブル交差点で。
「“20代のあれはなんだったんだ”って、そういう歌を歌ってみるのはどう? いけると思うの。『青春はノーリボルバー』っていうフレーズで打ち出してさ」
その瞬間、豆苗を捨てられないわたしが彼女の声を聞いたのだ。豆苗を捨てられない同士が、大勢の人ごみの中で互いを探し当てたのだ。豆苗が引き寄せた運命だったのだ・・・・・・そうにちがいない。
彼女の事情は、こんな具合なのだ。知らんけど、たぶんそうだ。
わたしはノリコに言いたい。
「わたし、まずは豆苗を捨ててみる。服とか男とかそういうのはまだ難しいけど、せめて豆苗から。だからあなたも、ね。まずは豆苗からはじめましょう? あとその曲売れないと思うわよ」って。
・・・・・・途中からだいぶ豆苗に持って行かれてしまった。
あの発言がなんだったのか、本当のところはなにもわからないままだ。それでいいのだ。人には人の事情がある。
【過去の「さえりの”きっと彼らはこんな事情”」はこちら】
・電話にでない女