スタバで長居する客には、茶漬けをすすめればいいのでは?

上田啓太 上田啓太


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スタバで原稿を書いている時にひらめいた。

長居している客には、茶漬けをすすめればいいのでは?

とつぜん妙なことを言い出してすまない。最初に言っておきたいのは私が京都在住だということである。京都のスタバで原稿を書いていた。長居している客とは要するに自分のことだ。そんなときにスタバの店員に話しかけられて、新商品のサンプルをすすめられた。それで「これが茶漬けだったらイヤだな」と思ったのである。

ほとんど都市伝説のようになっている例の話だ。京都の人間は長居する客に茶漬けをすすめる。しかし実際に茶漬けを出すことはない。「そろそろ帰れよ」というメッセージを意味しているからだ。それを察して帰らない客は無粋だと笑われるである。

これは「京都の人間は東京のことを”田舎”という」とならんで有名な話だろう。イヤミとプライドこそ京都の真髄なのである。せっかく京都のスタバなんだから、長居している客にはどんどん茶漬けをすすめればいい。「スタバ茶漬け」という文化を生み出せばいいのだ。

この記事では、スタバ茶漬けの導入によって起きることを書いていきたい。

なお、本当は「ぶぶ漬け」と言ったほうがしっくりくるんだが、「スタバぶぶ漬け」は語呂が悪いのでスタバ茶漬けと呼ぶことにした。語呂は大事である。ご理解いただきたい。スタバぶぶ漬けはいくらなんでも語呂が悪すぎる。「バぶぶ」のあたりで赤ん坊がチラつくのも気になるし。

スタバ茶漬けで何が起こるか?

例の話では、茶漬けが実際に出てくることはなかった。

しかし、スタバ茶漬けにおいては、もう実際に出してしまいたい。あたかも新商品のサンプルを配るかのように、客のテーブルに茶漬けが置かれるのである。そうして客は「もう帰れよ」とほのめかされる。最悪のやりかたである。ほんとうに性格が悪い。まだ直接的に言われたほうがいい。

ノートパソコンを開いていれば、「熱心にお仕事してはりますなあ」と言われて茶漬けを置かれる。イヤミである。勉強している学生には、「大変ですなあ、学生さんは」からの茶漬けである。イヤミである。おしゃべりしている女には、「若い娘さんは元気でよろしゅうおますな」からの茶漬けである。イヤミである。日々、長居する客に茶漬けが配られていくのである。

スタバ茶漬けは衝撃とともに受け止められる。しかし、徐々に浸透していくだろう。人々は茶漬けを出されると、ばつの悪そうな顔をして帰り支度をはじめる。店員はにっこり笑って、「お早いお帰りですな」と言う。イヤミである。

やがて、インスタグラムにスタバ茶漬けの写真が並びはじめる。「出されちゃいましたか」みたいなコメントもつくようになる。「このあとさらに二時間いました」という猛者も出てくる。そう、「茶漬けを出されたが粘る」という選択肢も生まれるのである。われわれは戦略的に鈍感になることで、京都人の性格の悪さに対抗せねばならない。

あえて、無粋に。

ビジネス誌にはそんなコピーが踊る。われわれは店員の目の前で茶漬けをグイッと飲み干し、「いやあ、おいしいですねえ!」と言える胆力をもたねばならない。プレジデント誌の調査によれば、成功した起業家のじつに95%が、過去にスタバ茶漬けを飲み干した経験をもつという。真のイノベーションはスタバ茶漬けを飲み干す男から生まれるのだ。

イヤミVS無粋の最終決戦

ここに一人の男がいる。毎日スタバに来ては、5時間も居座る男である。

この男は空気を読むことをしない。言外の意味を察することもない。存在感ひとつで場の空気をねじふせる。「京都のスティーブ・ジョブズ」の異名をもつ男である。空気は読むものではなく、ねじふせるものだ。それが男の信念である。

当然、二度もスタバ茶漬けを出されながら、両方とも豪快に飲み干した。二度目の茶漬けを出されたときなど、「おかわり!」とまで言ってのけた。そんな男がようやく席を立って帰り支度をはじめる。もちろん空気を読んだわけではない。仕事が終わっただけである。

男の勝利に終わるのだろうか? まだ分からない。店員サイドも負けてはいない。バックヤードでさんざんボロカスに言ったあと、男に最後のイヤミを仕掛ける。男が立ち上がったところを見はからい、ゆっくり近づいていくのである。

「えらい精が出ますな」

「ええ! 仕事が忙しくてね! 大変ですよ!」

すでに戦いは始まっている。イヤミなど無視すれば存在しないのと同じだ。男はそれを確信している。世界を変革するには、京都人のイヤミ程度にひるんではならない。だが店員のイヤミは続く。男の注文した唯一の品であるアイスコーヒーのカップをみると、にこやかに言うのである。

「氷がみごとに溶けてますなあ」

「南極の氷も溶けてるらしいですねえ!」

イヤミと無粋の一騎打ちである。まさに龍虎相うつという感じである。南極の氷などいまは何の関係もない。しかし男は堂々と言ってのける。もちろん店員も負けてはいない。次はソファ席にふれる。男が長時間座っていたせいで温かくなっている。尻の温度である。店員はそれをなでてから言う。


「ありがたいですなあ、ぬくめてもろて」

「次のお客さんに感謝されるかもしれませんねえ! ハハハ!」

もはやバチバチである。

あらゆるイヤミに大声でズレた答えを返す。無粋もまた能力なのである。俺が相手にするのは京都ではない、「世界」なのだ。男はそう考えている。そして胸を張って店を出る。「明日も来ますよ!」と店員に手まで振る。とても普通の神経の男には真似できない。

エピローグ

翌年、男は渡米すると、シリコンバレーで起業する。

男の会社はめきめきと業績をのばし、やがて、グーグル、フェイスブックに続く巨大企業へと成長する。米経済誌『フォーブス』は、若くして億万長者となった男として、マーク・ザッカーバーグとともに彼を紹介する。その経営には独裁との批判もあるが、強烈なカリスマは多数の信者を生んでいるらしい。かつてスタバ茶漬けを飲み干した男は、みごとに成功をおさめたのだ。

やがて、男の名声が京都まで届く時がくる。

スタバ店員がニュースで男の成功を知るのである。あのとき自分のイヤミをねじふせた男が、アメリカで大成功をおさめている。時の人となっている。これはイヤミの完全敗北だろうか? そうではない。京都人のプライドの高さをナメてはいけない。店員は笑いながら、同僚にひとこと言うだけである。


「あの人、えらい成功しはったみたいやなあ、田舎のほうで」

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