フォックスキャッチャー【連載】田中泰延のエンタメ新党

田中泰延 田中泰延

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いま生きている現実が悲劇なのか喜劇なのかは、

本人にはわからない。

映画「フォックスキャッチャー」

 

始まりました。田中泰延のエンタメ新党。

これ、編集部がつけた仮タイトルなんですけど、ひどいタイトルですよね。でも、ダサさがちょうどいいのでもうこのままいこうと思うんですけどね。

さて、僕はふだん、広告代理店でプランナー/クリエーティブディレクターとしてテレビコマーシャルの企画をしたり、ポスターや新聞広告のコピーライターをしています。

その視点で映画や音楽、本などのエンタテインメントを紹介していけたらと思います
「かならず自腹で払い、いいたいことを言う」をこの連載に課したルールにしようと思います。どうぞよろしくおねがいいたします。

さて、第一回目は映画「フォックスキャッチャー」。
これは…いきなりすごい映画を観ましたね。
真の「持てるものと持たざるもの」を描いた神話的傑作でした。

「フォックスキャッチャー」予告編

Reference:YouTube

実話に基づいた映画です。「アメリカ有数の大富豪が、レスリングの金メダリストを射殺したという事件」を描いています。「…という事件」といわれても何がなんだかワケがわからないですよね。そのワケがわかるのか、やっぱりわからないのか、を描いた映画だと思うんです。

ある兄弟が登場します。弟のマーク役にチャニング・テイタム。とにかくいい身体してるんですよ。
 

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© MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTES RESERVED(出典:映画.com

映画「マジック・マイク」でストリッパーの役をやってましたね。兄のデイヴ役はマーク・ラファロ、この人は「アベンジャーズ」で超人ハルクを演じてるぐらいのすごい筋肉で、やっぱり身体がいいんですよ。
 

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© MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTES RESERVED(出典:映画.com

その身体がいい兄弟は何やってるかと言うと、レスリングなんですね。プロレスじゃなくてアマチュアの、オリンピックなんかでやってるあのレスリング。兄弟は2人とも1984年のロサンゼルス五輪の金メダリストなんですね。

ところが金メダリストだというのにふたりとも生活は貧しい。弟のマークなんてインスタントラーメンしか食べるものがないという描写があります。兄はレスリングのコーチができるならどこでも教えにいくというような生活ですね。弟はさびしい一人暮らしで、兄は家族思いのマイホームパパ。兄デイヴはレスリング指導者としても人格者としても一流なんですね。

映画は、この兄弟が組み合うトレーニングのシーンから始まるんですが
…なんか、ここからすでになんかこの映画…おかしい。

とにかく音が少ないんです。レスラー同士の、肌がふれあうピチャ、ピチャ、という音、互いの身体をたたくペチ、ペチ、という音。床がこすれるキュ、キュ、という音。2人のハァ、ハァという息づかい。そんな音だけが響いて、映像は2人の男の筋肉のどアップが延々続くんですよ。なんかもう、それだけで、変。それを真っ暗な映画館でひたすら見せられるのが、変。

で、ある日、貧しい生活をしてる弟マークに、大富豪のジョン・デュポンがいきなり電話をかけてきて「ユー、うちに住んじゃいなよ」みたいな感じで屋敷に住まわせることから映画は動き始めます。

ジョンを演じるのは、スティーブ・カレル。「40歳の童貞男」というコメディ映画が代表作の彼が、一転してシリアスな演技に挑んでいます。全然笑わないんですよ。コメディアンのスティーブ・カレルだとすぐにはわからないぐらい違うんですよね。顔が違いますもん。付け鼻までして実際の大財閥・デュポン家の御曹司、ジョン・デュポンに似せてるんですね。
 

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© MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTES RESERVED(出典:IMDb

その大富豪が、めちゃくちゃ広大な邸宅の敷地内に完璧な練習設備をそろえてて、ここでいくらでも練習してくれと。ユー、全米代表レスリングチーム全員に声をかけて集めて鍛えちゃいなよと。ユー、次のソウルオリンピックでまた金メダルゲットだぜ、みたいな感じで弟マークを囲っちゃうんですね。飼われちゃうんですよ完全に。筋肉モリモリたちが。でもお兄さんのデイヴは家族が大事なんで、行くのを断るんですよ。

ジョンの家がどれくらいでかいかと言うと、ジョンの母親が馬を何十頭も飼ってたり、中にある森でキツネ狩りをしたり、挙げ句の果てにはジョンが敷地内で戦車を乗り回したりしてるんですね。お金いくらでもありますから。もう完全に『おぼっちゃまくん』ですよ。「フォックスキャッチャー」っていうのは、キツネ狩りをする猟犬のことで、ジョンが名付けたレスリングチームがズバリ、「チーム・フォックスキャッチャー」。要するにレスラーたちを犬みたいに育ててメダルというキツネを獲りにいかせるぞ、と。そういうことなんですね。

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© MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTES RESERVED(出典:映画.com

弟マークはちょっと思慮が足りない人の演出をされていて、これがジミー大西にしか見えないんですよ。で、ジョンはスティーブ・カレルが何考えてるかわからない無口な演技で、しかも付け鼻してるからMr.ビーンにしか見えないんですよ!

ジョン・デュポンは富豪で寄付もたくさんしてるから政府の偉い人の前でスピーチなんかもするんですけど、その練習をマークとするんですね。その練習がもう、Mr.ビーンとジミー大西のコントにしか見えない。全体にすごくシリアスで不幸な話だぞトーン全開の映画なんですけど、ところどころ笑っていいのかなんなのかっていうね。

これね、最後は不幸な終わり方をするから悲劇ってことで僕らは見てるんですけど、いま生きている現実が悲劇なのか喜劇なのかは、本人にはわからないんですよね。僕たち自身もそうなんです。終わってみてはじめて、なんだか悲惨な人生でしたね、って他人に言われるか、バカバカしくて面白い人だったなぁ、って笑い話にされるかは、じつは最後までわからない。

で、相変わらず余計な音のない静かな静かな映画なんですけど、会話の「間」がおそろしく不吉なんですよ。ちょっとした質問にも誰もすぐに答えない。すこし嫌な「間」をおいて会話がすすみます。この「間」の時に嫌な気分が観客の心に育つんですね。ぜったい嫌なことが起こる間だな〜、と思ってると、また変なシーンを見せられます。

夜中に、ジョンがマークを急に呼び出して薄暗〜い絵画室で2人でレスリングの練習しようっていうんですよ。で、また肌がふれあうピチャ、ピチャ、という音、2人のハァ、ハァという息づかい。なんだこれはどういう映画なんだと思いますよ。淀川長治さんが生きていたらこのシーンの話、10時間ぐらいすると思います。そのあとジョン・デュポンはマークに自分好みなのか変な髪型させたり、コカイン吸わせてはべらせたりして、もう完全におかしいんですよ、様子が。

で、ジョンは自分こそレスリングのコーチだと言い張ったり、自分のことを愛国者だといってワシントンDCにあるようなオベリスク、そそり立った塔ですね、そんなのをぶっ建ててたり、戦車に機関銃を積めとかダダこねたり、レスリングの練習場で急に拳銃をぶっ放したりするんですね。しかもジョンは御曹司ですけど超マザコンなんですよ。お母さんからは小学生としか思われてないし、子供の頃たったひとり友達が屋敷の中にいたんですけど、それもお母さんがお金で雇った友達だったんですよ。

ジョン・デュポンはめちゃくちゃ孤独でイタい感じ全開で。あるときジョンがレスリングコーチぶってお母さんに練習を見せるんですけど、お母さん興味ないから出て行っちゃうんですよね。そんなこんなでコカイン吸ってピストル撃っていい気分だったジョンもだんだん機嫌が悪くなってきます。

そして映画はジョンが「ユー、兄ちゃんのデイヴも呼んでこいやボケ!」みたいな感じで怒ってマークを平手打ちするあたりで一気にダークサイドへ落ちていきます。兄デイヴは弟を心配してついにデュポンの屋敷へ引っ越してくるわけですが、ここからが本当の悲劇の始まりとなります。
あとは映画館で観ていただいて、後半はネタバレ満載なんで、そのあとに是非お読みください。

【ここから先はネタバレです。
映画をご覧になった方が読まれることをお勧めします】

さて、「フォックスキャッチャー」、いかがだったでしょうか?
僕自身は、実際にあったその事件を全く知らずに観たもんですから、殺されるのは弟マークだと思ってずっと観てたんですよ! ポスターや予告編に「なぜ大富豪は金メダリストを殺したのか?」って書いてあるから、だれでも愛憎劇バリバリ展開したマークがやられると思うじゃないですか! 違うんですよ! 

拳銃でバンバン撃たれて殺されるのはお兄ちゃんのデイヴなんですよ! 僕、あっけにとられてポッカーンですよ。金メダリストはそりゃ兄貴のデイヴもそうなんですけど、これにはやられました。そっちかい! と。そして、映画を見終わってもわからない事だらけで、ずっと考えさせられる羽目になります。

思い出されるのは、大富豪のはずのジョン・デュポンが兄デイヴの家族団らんの場を訪ねて、いたたまれなくなって出て行くシーン。真の意味で「持てる者と持たざる者」とはなにかを対比していて、これが殺人までつながる伏線ですね。

あと、調べてわかったんですが、実話を描いたといってる割にはこの映画にはすごいインチキがあるんですよ。それは、ソウル五輪でメダルも取れず、ジョンのことも大嫌いになってマークが出ていきますよね。

すると、映画ではカーッとなったジョンがさっそく兄のデイヴを殺しにいっちゃうように見せてるんですよ。でも実際は、ソウル五輪は1988年。デイヴが射殺されたのは1996年、ぜんぜんあとの話なんですよ! ジョンとデイヴにはそれからいろいろ愛憎があったのかもわかんないんですよ。弟マークとはもはや関係なく。でもはしょって一本道に見せてるんですよね。

ここで私が映画を観るときのポイントを挙げておこうと思います。

1. 映画監督は何本映画を撮っても言いたいことは同じ
2. 映画には意図のないシーンはひとつもない
3. 映画の半分は音だ

1番ですけど、この映画の監督ベネット・ミラーは、長編劇映画第一作「カポーティ」では殺人犯とそれを取材する小説家を描きました。そこでは、狂った人とずっと過ごしていると、どっちが狂ってるのかもはやわからない、という精神状態が描かれています。長編二作目の「マネーボール」ではスポーツ業界を舞台に、ブラッド・ピットが孤独以外に居場所がない男を演じました。どちらも、実際の出来事を綿密に取材して構成した映画です。

実話、殺人、スポーツ、孤独…この「フォックスキャッチャー」は三部作の最終作、集大成ともいえるテーマを持っています。やはり何本映画を撮っても映画監督というのは言いたいことは同じなんだなぁと思います。そもそも一人の人間に言いたいことなどそんなにないのです。また何度も出てくる銃も、何度も映されるアメリカ建国の歴史上の人物の絵画も、兵器産業で財を成したデュポン社の血塗られた歴史を物語っています。

アメリカを支配する暴力とカネの原理、これはベネット・ミラーが前2作でも「殺人」や「野球」を通して語った「アメリカの仕組み」そのものなんですね。

2番ですが、僕は15秒、30秒のテレビコマーシャルを毎日作ってますからわかるんですけど、映像って15秒でもすごい準備と、お金がかかるんですよ。だから、映画がいくら2時間、2時間半あるっていっても、何となく撮影して繋げました、とかないんですよね。すべてのシーンに準備と、お金がかかる。

しかも、映画が長くなりすぎるとダメだから、編集のとき泣く泣くバッサリ切るとかもあるんで、わざわざ上映されてるシーンは、どれもめちゃくちゃ重要なんですよ。この映画でさりげないけど重要なシーンは、マークが屋敷にはじめて訪れた時と、出て行くシーン。ここだけなぜかジョンの主観、彼の目で見た風景になります。

ここだけなんですよ。そしてその目がとらえたマークの姿は、どっちもビヨ〜〜〜ンと歪んでいるんですよ。ジョンが精神をはっきりと病んでいることと、男性のマークが欲望の対象で、ジョンが性的にストレートじゃないことを示しています。

あと、母親が死んでジョンがまずやったことが重要なシーンです。母親が大事にしていた馬を野に放つ。そしてジョンはとうとう銃弾を他人の体内にぶち込みます。馬は、わかりやすすぎる性的象徴だし、拳銃の弾もわかりやすく射精なんですね。

かつてラブラブに見えたジョンとマークの甘い日々ですが、このラストの行動からわかることは、ジョンはやる気はあるんだけれども、怖い母親のせいで男性機能は去勢されていたのではないか、ということです。ジョンがマークに誇らしげに見せるオベリスクも、自分のかわりにそそり立ってるんですよね。

3番の音ですが、これも重要です。静かな映画だと何度も書きましたが、お話が後半になるにつれて、ジョンがどんどんおかしなことを言うようになってきます。しかも前述したようにおかしな事を言うのにも変な「間」があります。そうすると、映画館全体にかすかだけれども極めて低い、おどろおどろしい、イヤーな音がするのです。

気づきにくいですが、この重低音は精神的にじわじわきます。これはなかなかに怖かった。映画館でないと味わえない体験だと思います。また、途中パーティのシーンでかかるデビッド・ボウイの『FAME』。歌詞が「名声 名声は男を狂わせる 名声 名声は人を犯罪者にする FEELING GAY FEELING GAY」…なんともわかりやすいでしょ。

この最後の「フィーリング ゲイ」の「GAY」ていうのは同性愛的な意味よりも、もともとの英語の意味の「いい気分」ってことなんですが、映画では歌詞がここに至る前に、怒ったジョンがラジカセをブチ切ります(笑)

 

映画のモデルにされた実在の弟、マーク・シュルツはこの映画を見て
ツイッターでかなり怒っている様子です。おそらくジミー大西そっくりにされたことと、どうみても男同士ラブラブに描かれたことに不満タラタラなのかもしれません。

しかし、まるでギリシャ神話のように肉体美と共に描かれる悲劇、
アカデミー賞5部門ノミネートにも納得、必見です!

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