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芥川賞・直木賞を受賞してないけどオススメの小説3選

岡田麻沙 岡田麻沙


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木村紅美『雪子さんの足音』(2018)講談社

第158回芥川賞候補作。学生時代を過ごしたアパートの大家が孤独死したことを知り、「ぼく」の脳裏に、20年前の記憶がよみがえる。

残尿感のようなものを胸のあたりに感じながら読む作品だ。私大文系の3年生であった「ぼく」が下宿する部屋の大家・雪子さん。彼女は、荒くれ者の息子が死んでからというもの、日々を持て余していた。当時70歳前後であった彼女の内側でだぶつき始めた関係欲求は、愛情の顔をして、下宿人たちに向けられてゆく。食事の世話に始まり、日々の些事から、お小遣いまで。「ぼく」は戸惑いながら、雪子さんの手管に絡め取られていく。

「しょっちゅう、お小遣いをくれるし、外食よりずっと身体にいいものを作ってくれるし。今は、これも一種のバイトでおばあちゃんと理想の孫ごっこをしてるようなものだと割りきって、利用させてもらってるだけだよ」

木村紅美『雪子さんの足音』(2018)講談社、p.40

欲得ずくである。

主人公、とんだクソ野郎だ。しかも、ご飯を食べさせてもらって、お小遣いまで受け取っておきながら、雪子さんを邪険にする。最初のうちはこの主人公のふてぶてしさに、てめえと言いながらページをめくることになる。でも、そこは年の功。雪子さんは一枚も二枚も上手だった。世話を焼かれる度に「ぼく」の心にのしかかる罪悪感を、はなから見越していたのである。実は雪子さん、ものすごく金にものを言わせている

絶妙なのは、主人公「ぼく」の姑息さと、雪子さんの開き直りのバランスだ。金を受け取った後で絶縁宣言をするゴミクズ野郎の「ぼく」に対し、「世間知らずのあなたは知らないでしょうけど、引っ越しってお金がかかるのよ」とまたも金の話で篭絡ろうらくをはかる雪子さん。どちらも最高に汚い。

「他人に関わりたいという欲求って汚いなあ」と思いながら読んで、読み終わった時には、「汚くてもいいのかもなぁ」と思える珍味。愛情を疑う癖がある人ならば、ホッとするであろう一冊。

 

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