芥川賞・直木賞を受賞してないけどオススメの小説3選

岡田麻沙 岡田麻沙


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今年の頭に発表された第158回芥川賞・直木賞。候補に挙がった作品の中からオススメの3冊を紹介する。

彩瀬まる『くちなし』(2017)文藝春秋

第158回直木賞候補作。7編の短編からなる本作は、フェティッシュな愛を扱っている。表題作である「くちなし」は、川端康成の短編「片腕」をオマージュした内容だ。

10年間の不倫関係に終止符を打とうと決めた既婚男性のアツタさんは、これまで世話になった礼として「私」に何かを渡したい、と申し出る。それでは、腕が欲しい、と「私」は言う。アツタさんはしばし悩む。ここからの描写が白眉だ。
 

やがてこちらを向いたアツタさんは、利き手でなくていい? と穏やかに聞いた。
「いい。いいよ、もちろん」
「じゃあ、左腕な。うん、義手もいいのが出てるし、そんなに仕事で困ることもないだろう。いいよあげる。十年だもんな。ずいぶん世話になったし」
アツタさんはそう言って、右手を左肩へ当てた。骨が皮膚を押し上げている部分に親指を添えて、くっ、くっ、と押しながら曲げた左肘を小さく回す。不意に肩の位置ががくんと下がり、体に不自然な段差が出来た。アツタさんはもう一方の手で力の失せた左腕をつかみ、軽く回転させてびりびりと皮膚を破りながら、慎重にちぎり取っていく。
「はい、どうぞ。大事にしてね」

引用:彩瀬まる『くちなし』(2017)文藝春秋、p.9-10

なんというリアリティだろう。思わず自分の肩を触り、取外せる箇所がないか探しそうになる。加えて、アツタさんの人柄。いろいろな事情を飛び越えて、好きにさせてしまう鷹揚おうようさがある。なぜ「私」が10年も彼と関係を続けていたのか、この数行で理解できる。できないけど。

腕を持ち帰った「私」は、たちまちそれに夢中になる。全体を愛するよりも部分を愛することは、はるかに清いと合点する。アツタさんのことを忘れ、かつてアツタさんだった腕とともに、愛に満ちた生活を送る「私」。だが蜜月は長くは続かない。「私」の部屋に、「アツタさんの妻」が現れて・・・。

「本人がいなくても、腕だけあればそれでいいかな」と考える「私」と、「腕も含めて、全てを手に入れたい」と考える「妻」。いずれも利己的で、いずれも愛情深い。体があるということと、心があるということとの困難を絶妙の粘度で書いた傑作だ。いびつな愛情に安心する人ならば、きっと本作を好きになるだろう。

 

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