わたしたちの心は、体によってできている。体の数だけ正義があり、体の数だけストーリーがある。
そんなわけで、2017年7月1日~12月31日に刊行された小説以外の本から、他者と関わる肉体を手に入れるのに役立つ3冊を紹介する。
加藤典洋『もうすぐやってくる尊王攘夷思想のために』(2017)幻戯書房
タイトルを見た瞬間「やべえ」と思った。あ、これはリベラルなアタシの読む本ではないわ、ほほほ、と。「尊王攘夷」という言葉に対するこうした反射は、かえって危険であるという。
私をウルトラな右翼思想の持ち主だと思わないでください。むしろこのように、尊王攘夷思想の内部にまで踏み入り、明るみの中で考えることが、現在の尊王攘夷思想の持つ「ヤバさ」を解除し、その理解の右翼的な
退嬰 性を打破することにつながる。
引用:加藤典洋『もうすぐやってくる尊王攘夷思想のために』(2017)幻戯書房、p.100
怖いのは、知らないからだ、と。
それにしても、なぜ、いま、尊王攘夷思想について考える必要があるのだろうか。
加藤は、日本の現状を「後退国」であると指摘する。「後退国」とは、「かつては先進国と思われていた国が、なぜか、近代的な価値の国際的尺度において、”発展途上国”のような段階に後退してしまう」ことを意味する。具体的には、報道の自由度ランキングがG7の中で最下位であるという事実や、国連の特別報告者が首相にあて恣意的運用の危険について警告を発したという事態によって説明される(p.78)。
それから、思想的な状況。ヘイトスピーチや「日本会議」の動向と、1970年以降に活動している一部の右翼活動家との、奇妙な対立。こうした日本の現状を理解するためには、明治維新までさかのぼり、「尊王攘夷思想」が形成された背景を知る必要があるという。
「攘夷」とは、ざっくり説明すると「外国人あっちいけ」というような意味だ。ヤバい。ちょっと考えたくないぐらい、ヤバい。