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ダメ人間を味わう小説10選

岡田麻沙 岡田麻沙


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三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(2009)文藝春秋

第135回直木賞受賞作。東京のはずれにある「まほろ市」で、主人公の多田は便利屋を営んでいるが、ひょんなことから、高校時代の友人である行天を居候させることになる。依頼人が持ち込んでくる事件をのんべんだらりと追ううちに、多田と行天ぎょうてん二人の男が抱えるダメさと切なさが浮き彫りになってゆく。
本作の醍醐味はなんといっても脱力感だ。物語の佳境、主人公の多田がピンチに陥っていても、相棒の行天は決して動じない。焦らない。自然体である・・・いや、「これが彼の自然体」だという説得力を持つ時点で、行天という男は相当にダメな人間なのである。決して他者に踏み込まない、見殺しもいとわない男、行天。
誰かに関わることが得意な人間と苦手な人間がいて、苦手な人間なりの誠意とは、関わらないための距離を事前に確保することだったりする。猫のようにふらっと消える。脈絡もなく「消えたいなあ」と呟いてしまうような人ならば、きっと好きになるはずだ。

 

モリエール『人間ぎらい』(1952)新潮社

世間知らずの純真な青年貴族アルセストは、欺瞞ぎまんに満ちた社交界にはなはだしい怒りを抱えている。彼はあるとき妖艶な未亡人セリメーヌに恋をする。
頭でっかちで理想に燃える若い男が、恋に破れてズッタズッタになる様を笑い転げながらしゃぶりつくせる作品だ。大いに笑い、目の端に滲んだ涙を拭う瞬間、それが悲しみの涙でもあることに気が付く。本作品は喜劇であると同時に悲劇だ。融通が利かない、正直一辺倒のアルセストは間違いなく頭が悪いのだけれど、私たちの誰もが経験するバカという季節を思い出させるパワーを持っている。嘘が許せないと憤る、己は被害者であると思いこむ、「バカ」という、人生の1ステージ。あの季節にだけ落ちることが出来るハリボテのように美しい恋を、主人公のみっともなさが完璧に再現する。これはたまらない。耐えられない。
布団の中でジタバタしながら読むべき一冊。

 

森茉莉『甘い蜜の部屋』(1996)ちくま書房

森鴎外の娘、森茉莉が書いたロマネスク長編。悪魔的な性格を持つ美少女モイラと、父・林作の間に流れる密室のような愛情が繰り返し描写される。モイラの魅力に籠絡ろうらくされる男たちと、それを「不機嫌さ」でもって拒絶したり受け入れたりするモイラ自身。そして、彼らの関係を間近で見て、ただほくそ笑むばかりの父親・・・。三島由紀夫が「官能的傑作」と評した爛熟らんじゅくの文学。
印象的なのは、モイラが常に不機嫌なムードをたたえていることと、その気分を代弁するように湿度を持ったモイラの「肌」の描写だ。父親が与える無尽蔵の愛によって現実から隔離された世界を生き続けるこの美少女は、あまりになめらかな皮膚を持つので、上手に体温を調整することができない。内部でくすぶり続けるモイラの熱を、本人も、林作も、どうすることもできない。
非現実的なモイラの肌を前にして、善良な人々がバッタンバッタンなぎ倒されてゆく、その勢いがすばらしい。皆ダメになっていく。圧力が高すぎる愛の部屋で育った生き物は、現実の気圧を生き抜けない。選民意識を決して隠さない、最高に感じが悪いこの親子の、どこまでも優雅なことにため息がでる。ダメ人間の真骨頂は、最高に耽美だ。

 

以上、様々なダメさを抱えた人物たちの織りなす物語を10選、ご紹介した。ダメっぷりにほっこり、場合によってはゾクゾクしていただけただろうか。2017年秋冬をダメ人間として生き抜く一助になれば幸いだ。

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