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【芥川賞受賞作】沼田真佑『影裏』(絶望篇)

岡田麻沙 岡田麻沙


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2017年7月19日、第157回芥川龍之介賞の選考委員会が開催された。受賞作は沼田真佑ぬまたしんすけ影裏えいり』。2017年5月に第122回文學界新人賞を獲得したデビュー作での受賞となった。沼田真佑はこの件に関して「ジーパンを1本しか持っていないのにベストジーニストを取ったような気分」と語り笑いを誘った。

このエピソードからもうかがえるように、卓抜した表現力を持った作家である。舞台は岩手県。震災以前・以後という2つの時間を描く。

まずは概要をさらおう。

主人公の「わたし」は、勤務先の製薬会社から岩手県の子会社へ出向の辞令を受け、2年前、盛岡市郊外に引っ越した。幼い頃から首都近郊で暮らしてきた「わたし」は、住み飽きた土地から離れられるというある種の開放感を持って新天地での生活を開始する。そのうちに「わたし」は、同じ職場の日浅という男と親しくなるが、日浅の転職を機に疎遠となる。

東日本大震災の後、「わたし」は、消息の掴めなくなった日浅の影を追い続ける。情報を収集していく中で辿り着いた日浅の父親から、「わたし」は日浅の思いがけない一面について知らされ・・・。

その前にちょっと絶望するわ

『影裏』を紹介するにあたって、大変恐縮だが、少し個人的な経緯を記させて欲しい。

今回の記事を、なかなか書きはじめることができなかった。1人の読み手として作品を紹介するには、整理すべき感情が多すぎたためだ。わたしは書評家ではなく、「小説好きのライター」である。今まで、この、ふわっとした立場から、「読み手」というポジションをはみ出さないように、本の話をしてきた。いち読者として、いちファンとして、忖度などせずにゆるゆる書く。それが、「本の紹介」のテーマだった。

でも今回、わたしは本作品に、超ドロドロしたものを抱えている。

沼田真佑『影裏』。この名を目撃したのは今年の3月だ。『文學界』4月号、第122回文學界新人賞中間発表のページ。最終候補に残った作品は、この紙面上で☆印を冠され、最終選考に回される。3次選考で落ちた作品には印がつかない。

わたしの5行先に、彼の名前はあった。

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わたしは無印だった。「5行先の彼」は星を持っていた。2次選考通過までの倍率は、約40倍。40人に1人が通過する。最終候補に残るまでには、約500倍。500人に、1人。たった5行先が、果てしなく遠い。憧れの、星を持った知らない人。それが、筆者に対する最初の印象だった。

翌月、「5行先の彼」の作品『影裏』が新人賞受賞作として「文學界」5月号の紙面を飾る。沼田真佑が、2,445人の中の1人となったことを知る。わたしは鼻息を荒くして、数行、読んだ。なにこれ超イイじゃん、もう無理だよこんなの! だってこの人天才じゃん! やだやだこんなの読みたくないよ、マジ無理! と思った。地団駄を踏んで雑誌を閉じ、部屋の隅に放り投げて、その日はふて寝した。15時間寝た。

翌日、プルプルしながら全部読んだ。絶望した。良すぎる。マジで仕事する気が根こそぎ失せた。圧倒的だった。

今回、本作品の紹介をするにあたって、フラットな読者としての視点から記事を書くのだと自分に言い聞かせた。単行本を買い、読み直した。また絶望した。やっぱり超良い。単行本で読むとさらに良い。奇声を発しながら3回読んだ。ダメだ。フラットな読者なんて無理だ。わたしはもうとうに、熟成されたヤバイファンになっていた。

という訳で、もうなんか色々無理なので、今回の記事は時々絶望しながら、作品の紹介をしていくスタイルでお送りする。お付き合いいただければ幸甚こうじんだ。

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