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恋とは、予感である。平野啓一郎『マチネの終わりに』

岡田麻沙 岡田麻沙


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恋は、時間の中で生まれる。沢山の読者たちと同じように、『マチネの終わりに』の頁を切実な思いでめくりながら、私はそんな当たり前の事実に「初めて」気付かされ、打ちのめされていた。

第120回芥川賞作家・平野啓一郎の著作『マチネの終わりに』は、毎日新聞とウェブサービス『note』への同時掲載という形でスタートした。連載当時から大きな反響を呼び、完結直後には「マチネロス」という言葉まで生まれた。2016年4月9日、毎日新聞出版より単行本が発売され、わずか1週間後に重版が決定している。発売から1年以上が経った今も、書店の売り上げランキングで上位に君臨し続けている。
 

『マチネの終わりに』は大人の恋愛小説

はじまりは、こうだ。

主人公の蒔野聡史は38歳の独身男性。クラシック・ギターの天才的なプレイヤーである。小学生の頃に「天才少年」ともてはやされて以来、常に安定した演奏をするギタリストとして盤石な評価を獲得してきた。彼が恋に落ちる相手はフランスの通信社に勤務する記者、小峰洋子。40歳の独身女性である。しかし彼女にはフィアンセがいる。2006年、蒔野聡史の「デビュー20周年」を記念して行なわれた長いツアーの最終公演後に、2人は出会う。

『マチネの終わりに』は大人の恋愛小説である。この2人が性的にも知的にも充分に成熟していることが、物語の中で、息の長い愛情を描き出す土壌となっている。倉橋由美子は山田詠美のデビュー作『ベッドタイムアイズ』のことを、「ジャズの即興演奏中の「凄いフレーズ」のようなものを、言葉を噴き出して一気に演奏してしまいます」と評した(倉橋由美子(2005)『あたりまえのこと』朝日新聞社、P209)。この名評になぞらえさせていただけば、『マチネの終わりに』は、強靭な体力によって奏でられる果てしないフーガに似ている。

いくつもの予感と自制、おもんばかりと逡巡しゅんじゅんによって、登場人物たちはおずおずと互いに手を伸ばし、触れ、驚いたようにその手をひっこめる。彼らのそうした、掠め取るような動きが重層的に絡み合い、1つのテーマを豊かに展開させてゆく。それがたまんなくイイ。もう、読んでいると脳汁が出まくる。

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