1989年11月9日ドイツ、デュッセルドルフ。
当時3歳の私は自宅の寝室で兄と寝ており、リビングルームでは両親がテレビに釘付けになっていた。ブラウン管から歓声が沸き、二人は持っていたワイングラスを合わせた。
ベルリンの壁が崩壊した瞬間だった。隣家のドイツ人老夫妻は深夜に家に訪れ、私の両親と抱き合った。東の親戚と再会できることに涙を流しながら。
当時の様子は、VHSのホームビデオに残されていた。私は第二次世界大戦後に生まれ、ドイツでの4年間、自由に東西を行き来し、冬の凍えるような寒さ以外はなんの不便さも感じずに過ごした。戦争の部外者であり、平凡な一市民だったのだ。
しかし、戦争真只中の1942年、ナチス発祥の地・ミュンヘンで同じ平凡な一市民、学のない労働者階級のハンペル夫婦が小さな事件を起こした。旧ゲシュタポの秘密文書にも記されていた、「ハンペル事件」は戦後の1946年、ドイツ人作家ハンス・ファラダによって小説に描かれ発表された。
そして昨年イギリスで「Alone in Berlin」という題で映画化され、今年7月に邦題「ヒトラーへの285枚の葉書」として日本で公開される。
映画はほぼ原作『Alone in Berlin(邦題:ベルリンに一人死す)』の通りだが、ハンペル夫妻は劇中でクヴァンゲル夫妻と名前が変えられている。