だったら撮ってみろよ! 酷評映画祭ノミネート作品「テラーオブハウス」

シーズン野田 シーズン野田


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石を投げれば日大生に当たるとは過去のこと。

今や、石を投げれば何かしらのレビュアーに当たり、その石が当たったことすらレビューされかねない日常に辟易する人も多いでしょう。

特に映画はレビュー文化を牽引し拡大させた立役者であり、鑑賞すればただちに何かを語らずにはいられない衝動にかられます。

音楽を語るのは難しいし、料理を語るには作らないといけないし、政治を語るには勉強しなきゃだし、ゲームを語るには全クリしないとエアプとか言われるし、100円ショップを語るとワイドショーみたいだし、夜の営みはそもそも童貞だから語れない。

しかし映画だけは誰もが、
「こんな僕にも映画なら偉そうに語れるよ! お母さん、産んでくれてありがとう! ぬお〜!!」
と、ダブルラリアット級に大手を振って語るのです。

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誰でもそれなりに幼い頃から映画に触れて何となくの映画観が備わっていて、レビューするのに映画は手っ取り早いのでしょう。

気になるのは、「金を払ったんだから何を言ってもいいだろう?」といった態度、「損をした! 時間を返せ!」と罵る一部の人たちですよ。もしその映画を観なかったとしても、きっとしょうもない2時間を費やすだけでしょ? クソして寝てるだけでしょ? 良くてトイレットペーパーを交換するくらいでしょ?

自分は、映画を観てつまらないと思ったことがありません。たとえ途中で寝てしまっても「素晴らしい眠りを提供してくれた!」と思えるので、損をしたことがありません。いや、損したという気持ちもまた体験としては貴重なのです。だから、偉そうに文句ばっかり言っている活字に出会うと、「だったら自分で撮れよ!」と元も子もないことを言いたくなります。

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