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税務署員から暗号解読者まで。ミュージシャンの意外な前職と音楽に与えた影響

加藤広大 加藤広大


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有名ミュージシャンといえば、契約金代わりにキャデラックを貰い、毎晩のように豪遊、鯨飲、大盤振る舞いの大散財。ありとあらゆる快楽をキメまくり、ホテルの天井に接着剤で椅子をくっつけたり、泥酔状態で日本刀を振り回しながら赤の他人の部屋に乱入したり、プールにロールスロイスを突っ込ませたりと乱痴気騒ぎを繰り広げ、移動はバンドのロゴがペイントされたプライベートジェット、執事やメイドが完備された古城に在住し、綺麗な刺繍が施されたガウンを羽織って庭を散歩し、モデルの嫁さんは買い物狂い、そして来日するたびにチケット代が高騰していく。というステレオタイプなイメージがあります。

そんなド派手な生活を繰り広げ、ロックキッズたちには夢を、私にはネタを与えてくれる偉大なるミュージシャンたちですが、当然ながら彼らも人の子、生まれながらにして有名だったわけではなく、学校に行ったり、恋をしたりして大人になっていきます。そして、売れない時代やデビュー前には、口に糊するために意外な仕事をしていたりもします。

人間、無から何かを創りだすことはできません。人が何かを創る時は、知識と経験、想像力が必要です。とすると、ミュージシャンが制作する楽曲は、その音楽以外の人生・職務経験を少なからず自身の音楽に影響を与えていると考えて良いでしょう。

と、いうわけで、「ミュージシャンの意外な前職の紹介と、そのキャリアが音楽にどのような影響を与えたのかを想像してみよう」というのが今回の趣旨なのですが、あくまで想像ですので、影響云々に関わらず“飲み屋で話せる音楽小ネタ”くらいに捉えて適当に楽しんでいただければ幸いです。面白い前職を持っているミュージシャンは本当にたくさんいるのですが、今回はその中から私の特に好きな、思わず突っ込みたくなったものを紹介していきます。

税務署員・国語教師・バスの車掌/スティング

今や312億円の資産を保持していると噂される英国きってのベース弾き、コーヒーより紅茶派のミュージシャンであるSting(スティング)は、税務署員、小学校教師、バスの車掌という異色の経歴を所持しています。その莫大な資産は税務署員だった頃の経験を活かしてのものでしょうか。最近では「子どもたちには遺産は遺さない」と豪語するなど、相続に対しての意識の高さも伺えます。


資産312億円のスティング(出典:Wikipedia

また、教師としては、ニューカッスル北部にあるセント・ポール小学校にて5歳〜9歳までの児童を受け持っていました。さて、公務員からロック・スターに転向し、巨万の富を築いた節税の鬼、スティングの音楽性に、公務員時代の経験が与えた影響は明らかです。

そもそも、組んだバンド名が『The Police』です。

さらに、彼は教育実習生時代に15歳の生徒を担当した際の経験を元にした歌『Don’t Stand So Close To Me(邦題:高校教師)』を制作しています。しかし、その歌詞はというと、完全に本職のポリスが駆け付けてくる内容になっています。本人曰く「実体験を表したものじゃなくて、ロック・スターと女性ファンの関係を暗喩として表したもの」だそうですが、またまたまた、そんなわけないじゃないですかスティングさん。

先生時代は甘いマスクで大モテ、教鞭をベースに持ち替えてからは312億円。312億という数字がよく分からないのですが、ベースの弦は4本なので、1本あたり78億円稼いでいる計算です。どうやら天はスティングに二物を与えたようです。どうりで私に一物ないな、神様は与えるの忘れてるなと思っていました。今からでもスティングは、財産の半分を私の住信SBIネット銀行の口座に振り込むべきです。

Reference:YouTube

モールス信号傍受オペレーター/ジョニー・キャッシュ

誰が何と言おうと、アメリカ合衆国が誇る最も偉大なるシンガー・ソングライターであるJohnny Cash(ジョニー・キャッシュ)は、1950年にアメリカ空軍に入隊し、ソビエト軍のモールス信号傍受オペレーターとしてドイツのランヅバーグに配属され、モールス信号や暗号解読に従事していました。


「メン・イン・ブラック」ジョニー・キャッシュ(出典:Wikipedia

除隊後は電化製品の販売業にも従事しながら、エルヴィス・プレスリーを要するメンフィスのサン・レコードに売り込みをかけ、スターダムにのし上がっていきます。このあたりは、映画『Walk The Line』が詳しいので、ぜひともご覧ください。素晴らしい音楽映画です。

余談ですがジョニー・キャッシュは私が最も敬愛するミュージシャンであり、ここで盛り上がるとタイトルが「ジョニー・キャッシュ〜メン・イン・ブラックの光と影〜」とかになってしまうので、彼に関しては改めてご紹介したいと思います。

さて、壮大にキャリアを中略し、晩年の2002年にリック・ルービンをプロデューサーに迎えて制作した『American IV: The Man Comes Around』というアルバムの表題曲『The Man Comes Around』で、キャッシュはモールス信号を解読するかのごとく歌詞の中でヨハネの黙示録を引用し、聖書を独自に解釈しています。聖書には暗号が含まれているという都市伝説がありますし、元暗号解読班の本領発揮と言ったところでしょうか。

ところでこのアルバム、ゲストやバックバンドがたいへん豪華なことでも有名です。フィオナ・アップル、ニック・ケイヴ、ビリー・プレストンなどが顔を揃え、イーグルスのカヴァーをした『Desperado』では、作者自身のドン・ヘンリーがキャッシュと一緒にハモるという、まるでものまね王座決定戦のサプライズで本人が出てくる演出を世界レベルでやってみたような展開に心を奪われます。

Reference:YouTube

国語教師/ジーン・シモンズ

世界中のロックキッズを狂喜させ、米国中のPTAが「こんなもの聞いちゃいけません!」と発狂する設定と要素だけで成り立つ、地獄のロックバンド『KISS』のベーシスト、Gene Simmons(ジーン・シモンズ)もスティングと同じく、マンハッタンの小学校にて国語教師として勤務していた経歴があります。また公務員です。海外における公務員職は、もしかしたら有名ミュージシャンへの登竜門のようなものなのでしょうか。


火を吹くジーン・シモンズ(出典:Wikipedia

その元小学校教師ジーン・シモンズは、地獄からやってきた悪魔という設定で、ライブでは空を飛び炎を吐きます。ついでに吐血もします。また、ギターのポール・スタンレーは愛の戦士という設定で、他人の心を読むことができ、右目から光線を出すことができます。

このあたりの設定やステージパフォーマンスは、小学校教師時代に培われた子どもの心を掴む、喜ばせるテクニックが活かされているのかもしれません。また、ジーン・シモンズは他にも雑誌『VOGUE』のエディターをしていた経験があるそうですが、この辺りは彼らのファッションにも……残念ながら活かされていません。

ちなみに、ジーン・シモンズはメイクマネーにも長けています。彼が持っているKISSのライセンス商品はなんと3000点にものぼり、実業家としても名を馳せています。舌を出しているばかりでなく、この辺りの権利関係をしっかりしているところは、おカタイ職業についていた過去を彷彿とさせますね。本人曰く「なんでも金儲けと結びつけて考える」と言っていますので、まさに地獄の沙汰も金次第と言った地獄の商人というイメージがぴったりです。

Reference:YouTube

歯科衛生士/リンダ・パーハクス

アシッド・フォークの女王と呼ばれ、たった一枚のアルバムを残して彗星のごとく消えていったLinda Perhacs(リンダ・パーハクス)は、デビュー前、歯科衛生士として働いていました。当時、患者として通院していたレナード・ローゼンマンという音楽プロデューサーが彼女の素質を見出し、「ユーちょっと歌ってみなよ」という具合だったかどうかは分かりませんが、レコーディングが開始され、1970年に、カルトアルバムとして名高い『Parallelograms』が産み落とされます。


デビュー・アルバムと現在のリンダ(出典:lesondegaston.com

その独特のつぶやくように紡がれる言葉と付随する音程は、“サイケデリック”というよりは、優しく空間を満たしながら聴き手を浮遊感のある世界へ誘います。ある意味、リンダ・パーハクスの口の中で聴いているようなその歌声は、頬の筋肉の使い方がサマになっていてさすが歯科衛生士と言おうと思ったのですが、さすがに無理があるなと思いました。

このケースは、ひょんなことから歌手デビューを果たしたという、いわゆるシンデレラ・ストーリーですね。

しかし、彼女はアルバムリリース後、再び歯科衛生士に戻ってしまいます。多くの人がその存在を忘れかけた2000年中盤に熱心なレコードコレクターの手によって再発掘され、インターネット上でにわかに話題となり、なんと昨年、44年ぶりにセカンド・アルバム『The Soul of All Natural Things 』が世に出されました。これは昨年音楽ニュースサイトなどでも騒がれていたので、ほんのりと記憶にある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そのセカンド・アルバムは、衰えを感じさせるどころか、むしろその長い人生経験を活かしたかのように円熟し、これまた素晴らしく浮遊感のある優しい楽曲たちに彩られています。

Reference:YouTube

大工/ジョン・ボーナム

もはや太陽系が誇るロック・バンド、レッド・ツェッペリン。その中で一番奥のドラムセットという要塞に陣取り、独特のタイム感・グルーヴを叩き出していた唯一無二のドラマーがJohn Bonham(ジョン・ボーナム)です。彼は建設業を営む父親の下で大工仕事(レンガ職人という説もあります)に従事しながら、地元のバンドを転々とし、日夜金槌で釘を叩くようにドラムを叩いていました。


70年代のジョン・ボーナム(出典:Wikipedia

彼はその後“英国で最も大きな音を出すドラマー”として評判になります。当時、ある程度の音量を超えると自動的に電源が落ちるシステムの会場があり、そこで登場したジョン・ボーナムがスネアを一発叩いただけで電源が落ちたという逸話もあるほどです。

その強烈かつ個性的で誰も真似できないビートを叩き続けたジョン・ボーナムの背景には、大工仕事が一役買っていたのは想像に難くないでしょう。実際、“一人工事現場”のような超絶ドラムプレイも映像に残されていますし、良く考えたら滞在先のホテルで部屋が狭いからと言って壁を壊して繋げるなど、破壊伝説が多いことでも有名です。プレイとプライベートの両方に大工の経験は大いに活かされていたのではないでしょうか。

ジョン・ボーナムのエピソードは他にもまだまだあります。冒頭で書いた日本刀振り回し事件、接着剤事件も、実は彼が起こしたと言われているエピソードです。ところで、私もジョン・ボーナムに関するエピソードを持っています。ジョン・ボーナムの誕生日である5月31日は、実は私の誕生日でもあるのですが、以前ツェッペリンファンの方に

「おれボンゾ(ジョン・ボーナムの愛称)と誕生日一緒なんですよ! ボンゾって呼んでください(笑)」

と冗談交じりに言ったら、いきなり相手の目が座り

「一発殴っていいか?」

と割と本気のトーンで言われたエピソードを持っています。それはさておき、“百聞は一聴きにしかず”です。ぜひ下に貼り付けた『Moby dick』をご覧ください。まさに白鯨のごとく強烈でタイトなリズムに、脳天を殴られたような感覚になること間違いありません。

Reference:YouTube

職業安定所、トラック運転手……まだまだあるミュージシャンの前職

さて、駆け足でミュージシャンの前職を見てきましたが、私も過去に実家の米穀店の手伝いから始まり、専門学校勤務、バーテンダー、中高生の制服採寸、無職、オカルトグッズ制作、シルクスクリーン制作など大体が金にならない職を転々としてきましたが、それらは意外に役立っていたり、その時の経験を活かして何かを制作したりしています。

ミュージシャンたちも、その職歴がすべて音楽に役立っているかと言えばそうでもないかもしれませんが、その仕事からの影響が全くないとも言えないでしょう。

今回紹介させて頂いた他にも、様々な職歴を持っているミュージシャンはたくさん存在します。イアン・カーティスは職業安定所勤務、エルヴィス・プレスリーはトラックドライバー、キース・リチャーズはテニスコートのボールボーイ、デボラ・ハリーはウェイトレス……。気になる方は色々と調べてみると新たな発見があるかも知れません。ミュージシャンのエピソードなどを知っていれば、「この曲はあの出来事の時に作られたんだなあ」と音楽も一層味わい深くなります。こうした色々な楽しみ方もあるのが音楽の良いところですね。

最後になりましたが、近いうちに機会があれば今度は前職ではなく“前科”持ちのミュージシャン特集でもやってみようかなと考えています。そのためにまた無駄な知識の探求に出掛け、試しに酒の席で披露して手応えが良かったものをまとめてお届けできればと思います。それではまた。

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